【007/ポスターより愛をこめて 第3回】
スケールアップと同時にゴージャス感を増した「ムーア=ボンド」ポスター
『007』誕生の裏で勃発していた“英米ロゴ戦争”!? ~ ポスターより愛をこめて ~
【ポスターより愛をこめて 第2回】
美女を描かせたら宇宙一!『007』絵師ロバート・マッギニスの世界~ポスターより愛をこめて~
長らくコンビを組んできたハリー・サルツマンがシリーズを離れたため、ひとりでプロデュースを担当することになったアルバート・R・ブロッコリは、シリーズ第10作となる『007/私を愛したスパイ』(1977年)を特別な作品に仕上げようと考えていた。
地味な内容だった原作からは題名だけを拝借し、何者かに盗まれた米ソの原子力潜水艦をボンドが奪還するというスケールの大きなストーリーに一新。製作費はシリーズ最高の1350万ドル(同年の『スター・ウォーズ(エピソードIV/新たなる希望)』は1100万ドル)。監督候補には、当時『JAWS/ジョーズ』(1975年)を製作中だったスティーヴン・スピルバーグも挙げられた。
紆余曲折あって、監督は第5作『007は二度死ぬ』(1967年)のルイス・ギルバートに落ち着いたが、巨漢リチャード・キール演じる「ジョーズ」なるキャラクターを登場させ、音楽はジョン・バリーからマーヴィン・ハムリッシュに交代、そしてポスター・アートにはボブ・ピークが起用された。
ボブ・ピークは、ロバート・マッギニスとほぼ同世代(1歳年下)で、1961年に『ウエスト・サイド物語』のスペシャルポスターや超大型6枚組ポスターなどに起用されて注目を集め、ワーナー・ブラザースの大作ミュージカル『マイ・フェア・レディ』(1964年)ではオードリー・ヘプバーンを描いていた。
ピークは常に進化を続けていた。1960年代後半にはジェームズ・コバーンがジェームズ・ボンド顔負けのスパイを演じた『電撃フリントGO!GO作戦』(1966年)や続編『電撃フリント・アタック作戦』(1967年)、モニカ・ヴィッティの『唇からナイフ』(1966年)などで『007』シリーズを思わせる華麗なアクション・イラストを披露していたが、70年代に入ると、『ローラーボール』(1975年)、『スター・トレック』(1979年)などのSF映画で未来的なテイストと高級感を醸し出すようになり、まさに時代を代表する世界最高のポスター・アーティストと言っていい存在になっていた。
ピークによる『007/私を愛したスパイ』のアートワークは、アールヌーボー風の背景や小道具を配しつつ、全体には宇宙的なテイストのあるの画期的なもので評価は高かったのだが、人物処理の関係でボンド本人とボンドガールの顔がイマイチ目立たないという難点もあり、イタリア版では人物部分のみピーク自らが描き直しを施すことになったという。イタリア人は、ピークの垢ぬけたテイストが好みではなかったのかもしれないが……。
続いて、いよいよボンドが宇宙空間へ飛び出した『007/ムーンレイカー』(1979年)では、当初マッギニスによる『007/黄金銃を持つ男』(1974年)のイラスト(ボンドの顔と銃の部分のみ)を再使用したテスト・ポスターが作られたが、興行関係者に不評で却下され、本ポスター用にはダン・グージーによる、いかにも『007』らしいサービス精神いっぱいのイラストが用意された。芸術派のピークではなく、娯楽派といっていいグージーの見世物小屋的ボンド・ワールドは、『JAWS/ジョーズ』や『スター・ウォーズ』をも飲み込んで新次元へと飛躍したロジャー・ムーア=ボンドにぴったりだった。
アメリカの名デザイナーVS日本の映画看板屋が激突!
シリーズ第12作『007/ユア・アイズ・オンリー』(1981年)で、またも『007』チームは新機軸を打ち出す。『カサブランカ』(1942年)からポスター・デザインの世界に入ったハリウッドを代表する超ベテラン、ビル・ゴールド(1921年生まれ)にポスターを依頼したのだ。スティーヴ・マックィーンの『ブリット』(1968年)や『ダーティハリー』(1971年)をはじめとするクリント・イーストウッド作品を一手に手がけていた名デザイナーは、「美脚でいこう!」とコンセプトをぶち上げ、(小さな)ボンドを見下ろす美女の脚(とお尻)が全面的にアピールされたポスターを用意する。のちに「レッグ・キャンペーン」と称された、このゴールドの作戦は『007』ポスターに大きな衝撃を与えることになる。
ここで面白いのは、ヨーロッパ各国では、生粋のロンドン子であるブライアン・バイサウス(1936年生まれ)によってギリギリ上品さを保ったように見えるイラスト版が使用されたのに対し、アメリカではイラストを描くために用意されたとおぼしい、まったく同じ構図の写真を使ったワンシート・ポスターがメインで使用されたことだ。写真で見せることによって「水着女性の股間」をよりリアルにアピールしようとしたのだろうか。1980年代に入り、ホラー映画などが流行し始めていたアメリカでは、もはやイラストによる幕の内弁当的なポスターよりも、写真による直接的な刺激が求められていたのかもしれない。
さて、ビル・ゴールドによるいささか下世話な「美脚キャンペーン」に反旗を翻したのが、日本だった。
日本では『007』シリーズは第1作からユナイテッド・アーチスツ(=UA、日本ではユナイト映画と呼ばれた)が配給してきた。のちに映画評論家・映画監督として活躍することになる水野晴郎氏が宣伝総支配人を務めていた時に、第2作『007/ロシアより愛をこめて』を『007/危機一発』(1963年)と名付けたことは、映画ファンなら知らぬ者はいない伝説(トリビア)だ。
チャールズ・チャップリンやD・W・グリフィス監督が創設した由緒ある映画製作・配給会社だったUAは、1981年のマイケル・チミノ監督作『天国の門』の大失敗で経営危機に陥り、MGMに吸収合併されてしまう。当然、日本支社も閉鎖されることとなり、『天国の門』と同じ1981年に公開された『007/ユア・アイズ・オンリー』は、ユナイトが配給した最後の『007』となった。
そのことが影響したのか、それともビル・ゴールドの「美脚キャンペーン」を「ちょっとお下品」と判断したのかは不明だが、ユナイトは日本独自のイラスト・ポスターを制作した。それは、ロバート・マッギニスが『007/黄金銃を持つ男』で描いたロジャー・ムーアそっくりのボンドをボンドガールやボンドカーが囲むという、いかにもオーソドックスな「ボンド映画スタイル」だった。しかも、通常の半裁(B2)サイズだけでなく、「B1」や「B0(1030 × 1456mm)」といった大型サイズまで用意され、ユナイト日本支社の意気込みが感じられる布陣だった。
しかし、このアートワークにはサインがなく、永らく作者がわからなかった。公認ボンド映画ポスター本には「Hisamitsu Noguchi」とクレジットされているのだが、第二次大戦前から東和映画で数多くのヨーロッパ映画のポスターを描いていた名手、野口久光さんとはまったく画風が違う。
今回、調査したところ、どうやら『スター・ウォーズ』第1作で海外版ポスターと同じ構図でイラストを描き、「SEITO」とサインを残していたアーティストによるものとの情報を得た。確かにタッチはほぼ同じだ。1970年代から1980年代にかけてアクション映画のポスターやチラシでよく見かけた画風なのだが、どこにも作者の記録が見当たらない……。
映画探偵がようやく入手した情報により、どうやら作者は映画館の看板を製作する会社で画筆をふるっていた清戸武さんという人物らしいとわかった(ただし名は「武」と「猛」の2つの説がある)。
まるで「正統」なる『007』シリーズ用イラスト・ポスターに思える『ユア・アイズ・オンリー』日本版だが、実は「SEITO」さんによる日本単独のデザインだったのだ(もし清戸さんについて何かご存じの方は、ぜひBANGER!!!まで情報をお寄せください)。
イラスト・ポスターに引導を渡したダルトン=ボンド
その後、シリーズは再びロジャー・ムーア=ジェームズ・ボンドを大きく中央に配置するオーソドックスなスタイルに戻る。ビル・ゴールドも清戸さんも再び「ボンド・ポスター」に登板することはなかった。
しかし、ボンドの母国イギリスやヨーロッパ各国は、メインでイラスト・ポスターを使うことが多かった一方、アメリカや日本では写真をコラージュしたタイプのポスターが主に宣伝の主役になっていく。
そして、ボンド役がティモシー・ダルトンに交代したシリーズ第15作『007/リビング・デイライツ』(1987年)を最後に、『007』シリーズはイラスト・ポスターと決別することになる。すでに映画界は、コンピュータによる写真コラージュを駆使したデザインがポスターの主流となっていた。
ダルトン=ボンドの第2作『007/消されたライセンス』(1989年)には3種類のポスター・パターンが用意されたが、掲載するのもはばかられるような、生気のない写真と稚拙なデザインおよびデザイン処理でファンを驚かせた。いちおう中ではいちばんマシなインターナショナル版を紹介しておく。
当然、このポスターでは観客を集めることは叶わなかったようで、興行的にもシリーズ最低ランクに終わり、プロデューサーを落胆させたダルトンは2作だけでお払い箱となる。
ついでボンド役に登板したピアース・ブロスナン、ダニエル・クレイグは、コンピューターの性能とともに作品毎に品質が向上していったCGIポスターでボンドの魅力を発揮し、現在に至っている……といっても、ようはボンドの写真をフィーチャーしただけの単純なポスターばかりなのだが。
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「インクレディブル(信じられない)」な復活劇!
それにしても、約60年のシリーズの歴史のうち前半の35年、15作を彩ったさまざまなイラスト・ボンドポスターは、世界中の映画ファンを魅了してきた。イラスト・ポスターには、出演者の顔と名前を知らしめるだけではなく、敵や美女の姿・形、新兵器、アクションの見せ場、舞台となる土地の風景などを同時に教えてくれるワクワク感があった。そんな幕の内弁当のような映画ポスターは姿を消し、スターの顔が印刷されただけのファーストフードのパッケージのようなポスターばかりになった21世紀。シリーズ・ポスターを飾ってきた名イラストレーターたちも『消されたライセンス』のごとく消え失せたか……とおもいきや、突如驚くべきポスターが登場した。
アナログなアクションが売り物の『007』シリーズとは対極にあるようなフルCGアニメーション作品『Mr.インクレディブル』(2004年)のティーザー(先行)ポスターだ。もともと「アニメ」なのだから、「イラスト」ポスターなのは当たり前なのだが、アートワークを手がけたのは、なんと、あのロバート・マッギニス!
これは、世界を救うスーパーヒーローである主人公=Mr.インクレディブルを『007』の未来形と考えていたらしき監督ブラッド・バードが、特に希望して実現したポスターなのだという。バード監督、当初はジョン・バリーに音楽を依頼していたらしく、劇中には初期『007』を思わせるサスペンスフルなスコアも登場していた。
『007』誕生の裏で勃発していた“英米ロゴ戦争”!? ~ ポスターより愛をこめて ~
【ポスターより愛をこめて 第2回】
美女を描かせたら宇宙一!『007』絵師ロバート・マッギニスの世界~ポスターより愛をこめて~
『007』シリーズはCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年9月ほか放送