なぜ大人になっても“青春映画”に惹かれるのか?
なぜ、とうに大人になった僕たちは、青春映画を見るのだろう。過ぎ去った青春を追体験するため? 映画のような爽やかな陽光に彩られた青春など、そもそも送ったことはないのに。
たとえば青春映画の舞台として最もポピュラーな高校時代を思い返せば……男子校だし、ほとんど寝ていた。では、失うことすらできなかった青春の未達成フラグを、映像の世界でだけでも回収しようとしているんだろうか? 人間って、そんな無節操に他人の体験を自分の感動として受け取ることが出来るんだろうか。それでもたしかに僕らは、いくつかの青春映画に、闇夜の不意打ちのように心動かされる。なぜなんだ。
ある時から、青春映画の爽やかな感動よりも“痛み”のノスタルジーに惹かれている自分に気づいた。その痛みだけは、身に覚えがある。青春映画の中の実感やリアリティは、その痛みのほうにあるんじゃないのか。青春映画の美男美女や理想的なラストは、その痛みを緩和し口当たりを良くしてくれる薬味に過ぎないのだ。言うなれば、アジのタタキに対する生姜みたいなものだ。それだけでは、料理は成り立たない。青春映画の核は、あくまでゴロッと血生臭いアジの赤身にある。その臭みを旨みに変換できるかが、料理人の腕の見せ所なのだ。
あえて作り込まない実験的な演出で思春期の初々しさを醸成!
青春映画について書いていたはずが、アジのタタキの話になってしまったので話を戻そう。『ビューティフルドリーマー』は、挑戦的な映画だ。『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995年)や『機動警察パトレイバー』シリーズ(1988年~)等でアニメファンから映画好きまで魅了してきた押井守監督の脚本「夢みる人」を、『踊る大捜査線』シリーズ(1997年~)の本広克行監督が映画化するという予測不可能な枠組み。既存のルールに囚われない、作家性重視の企画を実現するために立ち上げられた新レーベル<シネマラボ>の第一弾作品だ。
とある美大の映画研究会が「撮ろうとすると必ずトラブルに見舞われる」という、いわくつきの脚本の映画化に挑む。出演者たちは、自身と同名の役を与えられ「ほぼ本人役」として登場し、エチュード(即興)で「その状況に対応する、ほぼ本人」として演技する。本広監督のフィルモグラフィーには『サマータイムマシン・ブルース』(2005年)という作り込まれた青春SF映画の傑作があるが、今作のこの実験的な演出では「作り込みの完成度」とは反対の、くすぐったいような初々しい感触を生み出している。
痛みの鮮度マシマシ描写が共感性羞恥を容赦なく刺激する!
この演出の最大の効能は、痛みの鮮度マシマシにあった。とにかく、どんぶり勘定で資金が尽きたり、キャパがそんなに無いヤツが抱え込みすぎてパンクしたり、入り組んだ色恋沙汰が展開されたり、いつまでも出入りするウザったいOBがいたりと、「大学のサークルあるある」とでも言うような“痛い”事態が次々と巻き起こる。
これ自体は青春映画のお約束で、整理された演技なら「あ~、あるある」と受け流すような“他愛もない”ことなのだが、その事態に対応する役者たちのリアクションがダイレクトなぶん、痛みが実感を獲得して胸をチクチクしてくる(やめろ、僕の共感性羞恥を刺激してくるのは!) 。
青春映画の魅力を知り尽くした本広監督だからこその実験場『ビューティフルドリーマー』は、加工され無味無臭になった量産型青春映画には無い新鮮さに挑戦している。つまり本作は、天然物の鮮度の良いアジを使ったタタキなのだ。あぁ、最後もアジのタタキの話になってしまった。
文:タカハシヒョウリ
『ビューティフルドリーマー』は2020年11月6日(金)よりテアトル新宿、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
『ビューティフルドリーマー』
翌日にせまった文化祭の準備に追われ、先勝美術大学の校内は、学生たちの熱気と喧騒に包まれていた。そんな中、例年通り文化祭で展示も発表もしない映画研究会の部室だけは、いつもと同じように、まったりとした時間が流れていた。しかしその朝「部室の片隅に何かある」という不思議な夢を見たサラは、本当に古い段ボール箱を見つけてしまった! その中には古い脚本と演出ノート、1本の16mmフィルムが入っていた。タイトルは「夢みる人」。さっそく映写してみるが、なぜかその映画は未完のままだった。そこにふらりと表れたOBのタクミ先輩は、彼らに「これは撮ろうとすると必ず何か恐ろしいことが起こる、OB達の間ではいわくつきの映画だ」と告げる。しかしこの映画にすっかり魅せられたサラは「これ、私たちでやってみない?」と部員たちに猛アピール。監督はサラが担い、プロデューサーはリコ、撮影はカミオ、録音にウチダ、衣裳とメイクはシエリ、助監督とその他雑用をモリタが担当し、一致団結してはじめての映画制作への挑戦が始まる……が、部員たちは次々に予期せぬ困難やトラブルに見舞われる。やがて資金は底をつき、準備していたクラウドファンディングも大失敗。この脚本は本当に呪われているのか? この終わりなきトラブルに出口はあるのか!? 映画研究会の映画制作という“祭”はまだ始まったばかりだった!
制作年: | 2020 |
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監督: | |
出演: |
2020年11月6日(金)よりテアトル新宿、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開