ポール・ラッド主演の風変わりなロードムービー
ロブ・バーネット監督による『思いやりのススメ』(2016年)は、ジョナサン・エヴィソンが2012年に発表した小説「The Revised Fundamentals of Caregiving」の映画化作品。難病を患う青年と元小説家志望の新人介護士が繰り広げる、風変わりなロードムービーだ。
息子の死をきっかけに作家の道を諦めたベン(ポール・ラッド)は、生活のために数週間の講習を受けて介護士となる。妻には離婚届を渡されるも、いまだに息子を亡くした傷が癒えず現実と向き合えていない。そんな彼が初仕事として任されたのは、キャリアウーマンの母と暮らす筋ジストロフィーの青年、トレヴァー(クレイグ・ロバーツ)の介護だった。
トレヴァーは電動車椅子で移動はできるものの、排泄など諸々の介護が必要な18歳の少年。彼は病気が発覚した3歳の頃に父親に捨てられたという事実を受け入れられず、ひねくれた性格で憎まれ口をきき、他者と距離を取ることで自我を保っている。
そんな二人は出会い頭こそちぐはぐだったものの、現実から目を逸らした捻くれ者という共通する人間性を理解し合い、次第にジョークを交わすほど距離を縮めていく。そうして打ち解けていったころ、ベンはトレヴァーを1週間のロードトリップに誘う。初めて食べるダイナーの食事、ロードサイドのモーテルなど、トレヴァーはすぐそばにあった未知の世界に触れていくが……。
ひねくれ者たちの未来を見つめた“ポジティブな逃避行”が胸を打つ
映画の冒頭、介護士のセミナーで「自分の世話をできない人には、人の世話することもできない。(中略)自分自身がしてほしいと思うことを、介護される側も求めているのだ」と講師が語る。介護だけではない。どんな立場であれ、相手と同じ目線でいられるかどうかを忘れてはいけないだろう。本作のベンとトレヴァーもお互いのズレていた目線を、道中でひとときだけ人生が重なった人たちとの出会いを通して、少しづつ修正していく。
本作の登場人物の人生は、いずれも次のコーナーに差し掛かっている。ベンは亡き息子との決別と妻との離婚、トレヴァーは家から出ることと父親に会うこと。旅の途中で乗せたヒッチハイカーのドット(セレーナ・ゴメス)は親元を離れ新天地で学ぶことを目指していて、妊婦のピーチズは出産するため母親のいる地元へと向かっている。
各々に様々な事情を持ち合わせているが、ここ(過去)ではないどこか(未来)へ向かうというポジティブなエスケーピズムがベースにある。それは、その先にある“再生”への物語と言えるだろう。
劇中ではさらっと描かれているけれど、印象的だったのはドットとトレヴァーの初デートの描写だ。モーテルの向かいにあるダイナーで食事をする二人。どんな会話をしているのかは観客にはわからない。ただ、そこには不思議と表情や動作だけで伝わる空気や温度がある。そんな二人の後ろでは、エンジェル・オルセンの「Free」が流れる。
「純粋な愛」「二人を隔てるものはない」と歌うこの曲は、思春期の岐路に立っている二人だけでなく、モーテルの窓から彼らの様子を見守るベンとピーチズを含めて歌われているようでもあった。
文字にすると重い内容のように感じるかもしれないけれど、お涙頂戴の物語ではなく説教くさくもなく、さらっと観られる映画なので未見の方はぜひ。
文:巽啓伍(never young beach)
『思いやりのススメ』はNetflixで独占配信中
『思いやりのススメ』
行きたい場所を巡る当てもない旅で2人が得たものは、生きていく希望とかけがえのない友情。体が不自由な青年と、心に傷を負う介護士が織りなす涙と笑いの物語。
制作年: | 2016 |
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監督: | |
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