リンチの信じがたいポジティブさに生きるヒントも得られる!?
さすが、アイデアを形にすることにかけては天才的なひらめきと実現力を持ち合わせているデヴィッド・リンチは、決定版リンチ伝『夢みる部屋』においても、これまで見たことない、読んだことのない独創をみせた。
それが、長い付き合いでリンチが全幅の信頼を寄せるライター、クリスティン・マッケナが書く<評伝>とリンチ執筆の<自伝>の合冊というアイデアである。こんな構成の本、いままであったか? 文字通り、一粒で二度おいしいとはこのことだ。実際、ファンにはうれしい初めて情報がてんこ盛りである。<評伝>部分もありきたりなものではなく、新たに可能なかぎり関係者に取材して事実への多角的な接近がはかられ、少年時代からついこの間の『ツイン・ピークス The Return』(2017年)までの様々な事象が掘り起こされる。リンチは章(全16章)ごとに、マッケナの評伝部分を受けて、訂正を施したりしながら、さらなる細部に踏み込むのである。初めて明かされることが実に多い。
特に『イレイザーヘッド』(1976年)制作中に出会ったマハリシ(・マヘーシュ・ヨーギー)のTM(Transcendental Meditation=超越瞑想)についてかつてなく詳細に語られているが、驚いたのは『ツイン・ピークス』(1990~1991年)で地域の大立者を演じたリチャード・ベイマー(若き日の代表作『ウエスト・サイド物語』[1961年])がリンチに6年先立ってマハリシに心酔し、すでにTM瞑想を始めていた事実である。
ビートルズにはじまったヒッピーたちのインドのグル崇拝の時期だから、ベイマーがどこかの瞑想場ドアをノックしてもおかしくはない。不思議なのは、このことをベイマーはなぜか撮影中にリンチに明かした気配がない。多少、ライバル意識があったか? マハリシの葬儀のためにリンチは急遽インドに渡航したが、すでに葬儀場ではベイマーが記録映画のキャメラを回していた。いかにベイマーがインドのマハリシ・ワールドに食い入っていたかがわかる。お互い、インドでは遭遇できなかったようだ。
リンチの才能は神(髪)がかり? すべての事象がどこかで何かと結び付けられる
最高のリンチ評ではないか、と大笑いしながら思ったのが、『ツイン・ピークス』で保安官事務所の受付係ルーシー・モランを演じたキミー・ロバートソンの回想である。
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彼女は、リンチにお願いして、彼の髪の毛に触れる機会を得たが、そのとき自分の手がなにかを感じたらしい。彼女の表現では、「デヴィッドの髪は“何か”をしていて、機能があって、その機能は神さまと関係してるんです」となる。髪=神のアンテナという、するどい神秘的見解。リンチは様々なヘアスタイルを<表現>として試みてきたが、すべてに意味があったわけだ。神(髪)がかり?
オーソドックスで深いリンチ(作品)評をもとめれば『デューン/砂の惑星』(1984年)に参加したミュージシャン/俳優のスティングの次の言葉か。
やることすべてに他者や異世界の感覚が注入されている。
あまりにも異世界すぎて、たちまち伝説となったのが、『ツイン・ピークス The Return』のエピソード8だが、そこに登場したグロテスクきわまる<カエル蛾>は実は、オーストリアに美術留学に行った十代のころ、断念して帰国の際、ユーゴスラビアでオリエント急行を途中下車したときの体験がよみがえったものである。リンチにあって、すべてはどこかで、なにかと結び付けられる。過去が現在へとつながるこうした記述がたまらない。
作品のメイキング本としても新ネタぶちこみで楽しめるし、リンチの子供時代からのおびただしい、知りたくもない<元カノ>すべてがフルネームですらすら呼び起こされるあたり奇観でもある。信じがたいポジティブさに、生きるヒントを見出す読者も多いだろう。リンチの決定版の翻訳を喜びたい。
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文:滝本誠
『夢みる部屋』は2020年10月24日(土)より発売
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『夢みる部屋』
デイヴィッド・リンチ、クリスティン・マッケナ=著|山形浩生=訳・解説
発売日:2020年10月24日
A5判・上製|704頁|本体:4,500円+税|ISBN 978-4-8459-1829-4
フィルムアート社