病弱な我が子を救いたい一心で“怪しい水”を信じる両親、やがて思春期を迎えた娘は……
『日日是好日』(2018年)などで知られる大森立嗣監督の最新作『星の子』は、本作が実に6年ぶりの実写映画主演作になるという芦田愛菜を迎えて製作された。芦田は人気子役として忙しい日々を送りながら難関中学に合格したことでも知られるが、現在出演しているバラエティ番組でも明るく優秀な女子高生として活躍している彼女が選んだ映画主演作は、意外にも思春期の葛藤を掘り下げた重厚な作品であった。
主人公・ちひろ(芦田)は高校受験を控えた中学3年生。未熟児で生まれ、両親を悩ませたひどい湿疹が<金星のめぐみ>という特別な水で治ったという経験を経て、両親はこの水を販売している団体に深く傾倒している。ちひろが生まれてから約15年、新築だった家は子ども部屋もない古い家となり、姉は水を信じる両親に反発し家を出て行方不明となっている。
父母は毎日、緑色のジャージを着て、帰宅時に自宅前で頭に乗せたタオルに<金星のめぐみ>をかけるお清めの儀式を行っている。両親は布教活動に忙しいのか夕食を作る描写はなく、もらいものの寿司やクッキーをちひろに食べさせている。
小さい頃から<金星のめぐみ>を飲み、団体の集会に出席することが日常となっているちひろは、これまで普通とは違う生活を送っていることについて疑問に思ったことはほとんどなかった。団体の集会にも学校にも仲の良い友人はいるし、水のせいでいじめられたこともなかったからだ。だが、中学生となり思春期を迎えたことで、彼女はつらい現実を目の当たりにすることになる……。
憧れの人に「不審者」と呼ばれる両親、団体の怪しい噂――揺れ動くちひろの心
中学3年の春、ハンサムな数学教師・南(岡田将生)が赴任してくる。幼い頃に憧れた理想の男性、エドワード・ファーロングに似ている! と衝撃を受けたちひろは、授業中に南の顔を夢中で落書きするようになる(落書きしているのが、母がちひろの出生時に育児日記として用意した10年日記の余白で、ここにもこの一家の狂気が感じられる)。
親友なべちゃんとその彼氏、新村くんにからかわれながらも先生への思いを募らせてゆくちひろだったが、南先生に“お清めの儀式”を行っている両親の姿を見られてしまい、「不審者がいる」と言われ強いショックを受ける。その水を飲めば風邪をひかない(はずの)ちひろはショックのあまり発熱し、集会で会う友人さなえからも、この団体は催眠術をかけ無理やり水を購入させているという良くない噂を聞く。ちひろがこれまで当たり前に信じてきた世界は、周囲の人から見れば負の印象を持たれていることを思い知らされるのだ。
芦田愛菜の不安げな横顔、台詞に頼らない“眼差し”の表現力――必死で現実と向き合う少女を好演!
それでもちひろは両親を擁護し続ける。南先生にも「不審者は自分の両親です」と告白し、子どもだけでもなんとか団体から抜けさせたいと願っている伯父にも、自分は両親のそばを離れることはないと告げる。必死で自分のアイデンティティを守ろうとする彼女の行動に胸が締め付けられる。
ちひろは自身の病弱な体質が、両親が水を信じることになったきっかけであることを知っている。たまたま信じたのが<金星のめぐみ>だっただけで、両親から深い愛情を受けてきたことは痛いほど分かっているのだ。だからこそ、団体の幹部・昇子さん(黒木華)の「(集会に来た子どもたちに向けて)あなたがここにいるのは自分の意思とは関係ないのよ」というセリフが印象深い。
本作で大森監督は信仰の自由、そして世間から“普通ではない”とされるものを信じる人間への反射的な拒絶や偏見という問題にも切り込んでいる。ちひろにも、いつか<金星のめぐみ>を拒絶するときが来るかもしれない。でもこの家族は大丈夫、一緒に見上げた夜空の美しさを覚えていれば乗り越えられる。そう思わせる希望に満ちたラストシーンに救われた思いがした。
ちひろを演じる芦田愛菜は決して饒舌ではない。常にただ黙って考え、目線で何かを語っている。そんな芦田の絶妙な“間”の演技を、子役から女優へと成長したことを確信させる演技を、ぜひ劇場で堪能してほしい。
末筆になってしまったが、愛情深いちひろの両親を演じた原田知世と永瀬正敏、世俗を超えた発言で人々を導く団体幹部を演じた高良健吾と黒木華、数学教師の南先生を演じた岡田将生など、演技派で知られる俳優たちの演技にも注目。また、世武裕子による美しいピアノの旋律が印象深い音楽も必聴だ。
『星の子』は2020年10月9日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開