共感と反発を引き起こした大ベストセラー小説を映画化!
『82年生まれ、キム・ジヨン』は話題の大ベストセラー小説の映画化だ。チョ・ナムジュによる同名小説は韓国で2016年に刊行されて以来、読者からの大きな共感と激しい反発を引き起こし、ひとつの社会現象となった。 現在、韓国での発行部数は130万部を突破、世界22か国に翻訳されているという。日本でも2018年12月に刊行されて以来、20万部という翻訳小説としては異例の数字を叩き出している。
キム・ジヨンというヒロインの名前は、韓国で最も一般的な名字のひとつ「キム」と、1982年に生まれた女子の名前として最も多い「ジヨン」を組み合わせたもの。日本で言うと佐藤裕子さんとか鈴木愛さんという感じだろうか。1982年の韓国に生まれた、ごく平凡な、どちらかというと恵まれている部類に入る女性の少女時代から30代前半に至るまでの「ありふれた人生」を通じて、韓国社会に根深く組み込まれた性差別を突きつけてみせる。この作品が日本でも大反響を巻き起こしているのは、それが決して韓国特有の問題ではないことの証拠だ。
“しあわせな生活を送る奥さん”を通して描く“平穏な表面を支える見えない犠牲”の残酷さ
韓国・ソウルの集合住宅に、優しい夫と2歳になる娘と暮らすキム・ジヨン。出産を機に広告会社の仕事を辞めた彼女は、現在、専業主婦として育児と家事に追われている。はたから見れば「何不自由ない生活を送るしあわせな奥さん」なのだが、妻として、母としての役割を果たすことを求められ続ける日常に疲弊し、傷ついているのだ。
そんな彼女は、ある日突然、他人が憑依したような言葉を発しはじめる。ある時は実家の母が、またある時は既に亡くなった学生時代の友人が乗り移ったような発言で周囲の人々を困惑させてしまうキム・ジヨン。しかし本人にその間の記憶はない。
原作小説は、心配した夫に勧められて精神科医にかかったキム・ジヨンのカルテという形式で、彼女の人生を少女時代から追っていく。個人的にはジヨンの親世代がどのように混迷の世をサバイブしてきたのか、生業や住環境の推移について語られるくだりを興味深く読んだ記憶があるが、2時間の映画となると、そうした歴史・社会的背景の解説には時間が割かれない。その代わり、現在のジヨンが生活する小綺麗に整った環境が目の前に差し出されることで、「平穏な表面を支える見えない犠牲」の残酷さが際立つように感じた。ジヨンの家、彼女が出入りするカフェやベーカリー、広告会社のオフィス、すべて真新しくこざっぱりしている。
この映画が日常に蔓延する性差別への気づきや議論、解決に向けた行動のきっかけになれば――
ジヨンを演じるチョン・ユミは、とても細くはかない様子で、ヒロインが置かれた状況の痛々しさも胸に迫る。「あきらかに美しすぎて周りから浮いてないか!?」と思ってしまう瞬間もあるけれど、それはそれ。コン・ユも、いまどきの物腰柔らかな「良き夫」を好演。善意と優しさが結果的に妻を追い詰めることになってしまうもどかしさから、ひとりの父親がちょっと子育てに「協力的」になったところでびくともしない「育児は母親の管轄」という社会通念および構造の手強さが描き出される。
ひとつハイライトを選ぶなら、「痴漢から守ってくれた見ず知らずの中年女性」の映像化。日本でも痴漢は深刻な被害をもたらしてきたにもかかわらず、冤罪の危険性が不自然にクローズアップされ、然るべき対策がなされていないように感じている身としては、よくぞ、と思う。ありふれた、しかしあまり映画になっていない経験は、まだまだたくさんあるのだ。
ものすごく皮肉の効いたエンディングを迎える原作と違って、この映画版の締めくくりはだいぶ爽やかな印象だ。もっと暗く救いがない映画にもできたはずだが、明るく柔らかな雰囲気を選択したのは、できる限り間口を広げ、たくさんの人に軽い気持ちで観てほしいという思いからだろう。日常に蔓延する性差別について気づき、語り、解決に向けて行動するきっかけとして「使ってこそ」の映画だと思う。「女性が共感」と謳われる作品だけれど、男性にこそ観てみてほしい。
文:野中モモ
『82年生まれ、キム・ジヨン』
結婚・出産を機に仕事を辞め、育児と家事に追われるジヨン。常に誰かの母であり妻である彼女は、時に閉じ込められているような感覚に陥ることがあった。そんな彼女を夫のデヒョンは心配するが、本人は「ちょっと疲れているだけ」と深刻には受け止めない。しかしデヒョンの悩みは深刻だった。妻は、最近まるで他人が乗り移ったような言動をとるのだ。
ある日は夫の実家で自身の母親になり文句を言う。「正月くらいジヨンを私の元に帰してくださいよ」。ある日はすでに亡くなっている夫と共通の友人になり、夫にアドバイスをする。「体が楽になっても気持ちが焦る時期よ。お疲れ様って言ってあげて」。ある日は祖母になり母親に語りかける。「ジヨンは大丈夫。お前が強い娘に育てただろう」
――その時の記憶はすっぽりと抜け落ちている妻に、デヒョンは傷つけるのが怖くて真実を告げられず、ひとり精神科医に相談に行くが……。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2020年10月9日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開