ラッパー/女優のオークワフィナが、第77回ゴールデングローブ賞でアジア系としては初となる主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を獲得したことでも大きな話題を呼んだルル・ワン監督の『フェアウェル』が、ついに2020年10月2日(金)より公開。基本ストーリーから登場人物まで、ほとんどがワン監督自身の身に起こった実話がベースになっているという、超パーソナルな笑って泣ける人間ドラマだ。
アジア系監督大躍進の年! 実体験から生まれたやさしくて可笑しな物語
『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 Birds of Prey』(2020年)のキャシー・ヤンや『マンダロリアン』(2019年~)のデボラ・チョウなど、アジア系の女性監督の活躍が目覚ましい昨今。当初は4館のみの上映だったというこの小規模作品を全米で大ヒットさせたワン監督も、今後ハリウッドの台風の目となること間違いなし。そんな彼女の出世作であり2020年最注目作の一つが、この『フェアウェル』である。
本作の主人公は、幼い頃に両親とアメリカに移住し現在はNYで一人暮らししているビリー。憧れの美術館の学芸員に応募するも不採用となり落ち込んでいたところ、中国に暮らす祖母ナイナイが癌により余命数ヶ月という知らせを受ける。親族一同はビリーの従兄弟であり日本で暮らすハオハオの結婚式と偽ってナイナイのもとへ駆けつけることになるが、両親は感情的なビリーを祖母に会わせるわけにはいかないと言って、彼女を残して中国へ行ってしまった。
しかし、日に何度も電話で話すほどナイナイを慕っていたビリーは、いても立ってもいられず中国行きの飛行に飛び乗り、両親や親戚たちを驚かせる。なんとかその場は取り繕ったものの、叔父からも「ナイナイには病気のことは絶対に言うな」と釘を刺されるビリー。耐え難い“ウソ”を伴う帰郷に不満を爆発させた彼女は、ついに両親に思いのたけをぶつけるが……。
女優オークワフィナの才能が開花! 家族への愛情と価値観の相違に悩むアジア系移民二世を好演
本作の主要登場人物はビリ―とその両親、ハオハオとその家族、そしてナイナイと大叔母と、10人に満たないほど。しかし全て実在のモデルがいて、病を患った祖母へのウソもワン監督の実体験だという。ここまで超パーソナルな内容だと実人生に寄りすぎてしまって、フィクション作品として完全に切り離して描くことは難しかったのではないだろうかと思うが、そこで効いてくるのがビリーを演じたオークワフィナの存在だ。
すでに『オーシャンズ8』や『クレイジー・リッチ!』(共に2018年)で証明済みだが、NYを拠点とする他のアジア系ラッパーからも頭一つ飛び抜けていた彼女の唯一無二の存在感はさすが。演劇畑出身の俳優のような大仰な感情表現などはなく、大都市NYで暮らす若者らしく、なんとない不安を湛えた表情や、まるで駄々っ子のように不満げな態度、そして不自然な溜めのない悲涙のエモさなどなど、過去作品で見せたコメディエンヌぶりを抑えた演技に惚れ惚れする。人種としては完全にアジア人なのに、中国に行って親族に混じるとアメリカンな挙動で浮いてしまうのも、クイーンズっ子であるオークワフィナだからこそだろう。
もちろん、もはや仏頂面がオモシロ芸になっている感のあるツィ・マー(ビリーの父ハイヤン)や、娘への愛情を表に出さないアジア的な母親像を表現しているジアン(ダイアナ・リン)、そして祖母ナイナイを演じた中国の名女優チャオ・シュウチェンの“好々媼”的かつ“小煩いアジア圏の婆ちゃん”っぷりなど、他キャスト陣も素晴らしい。ウソのど真ん中で罪悪感をにじませるマンガ顔のハオハオ(チェン・ハン)や、その日本人妻アイコを演じる水原碧衣の所在なさ気な演技も秀逸(正直、彼女の立場が一番キツいのでは)。また、ナイナイの妹=大叔母を演じるルー・ホン(ワン監督の実の大叔母とのこと!)の、プロの俳優には絶対に出せないリアルな存在感も必見だ。
アジア人あるある? アメリカ人から見たクスリと笑えるカルチャーギャップも満載
物語の起点であり軸となるのはナイナイへの“ウソ”だが、欧米の価値観の中で育ったビリーはそれを“優しさ”として受け入れることができない。「西洋では自分の命は自分のものだろうけど、ここでは家族みんなの命なんだ」という叔父の言葉は、全体主義と個人主義の対比でもある。現在は日本でも癌などの重病は告知することが前提になっているものの、この根拠のない建前が理解できるのは東アジア人の特権と言えるだろう。
また本作は、(油の使用量はハンパないが)妙に美味しそうな家庭料理がたくさん出てくるフード映画であり、これはあまりハグやキスなどをしないアジア圏の家族の愛情表現のメタファーにもなっている。誰も美味しそうにモリモリ食べたりしないないことで、ウソによる気まずさや久しぶりに再会した親族のコミュニケーション不全を表しているのも見事だ。さらに、健康ランドみたいな館内着や空調音が気になるホテル、あきらかにヤクザ者な半裸のおっさんや疲れた顔の風俗嬢など、外国人から見たアジア圏あるあるなディテール=カルチャーショック描写を挿入することで、帰郷したはずのビリーが感じる疎外感や孤独、そこはかなとない恐怖心を表現している。
そしてハオハオとアイコの盛大な結婚式のシーンは着色料たっぷりの安物スイーツみたいで、まるでナイナイのハッピーな生前葬かのよう。このド派手な結婚式に至る過程もビリーの複雑な心情表現に一役買っていて、たたでさえ過剰に賑々しいブライダル現場の中国バージョン=どこか京劇の舞台のような非日常の背景として機能させている。
緊張と激動の2020年だからこそ沁みる! 後悔しないためにも、大切な人とは会えるときに会っておこう
――2020年2月以降に公開予定だった多くの作品と同じく、本作も新型コロナウイルスの影響で当初の公開予定から数ヶ月延期となったが、その結果、作品に込められたメッセージが強調された感もある。予測不可能な事態が発生して、物理的な距離とはまた別の距離感が生まれてしまうことだってあるのだ。本作で描かれる愚直な愛情表現には、身近な誰かとの関係に後悔を抱えている人などは特に身につまされるかもしれない。
そんな多くの人にとって『フェアウェル』は一生モノの映画になりえる傑作だと思うので、ぜひ大切な人たちと連れ立って劇場で鑑賞してほしい。ちなみにエンドクレジット前にまさかのオチで思いっきり爆笑させてくれるという、コメディとしても秀逸な仕上がりなので乞うご期待。オークワフィナに関しては、自身の本名を関したTVシリーズ「Awkwafina Is Nora from Queens(原題)」(2020年~)も早く日本で配信してほしいのだが、それはまた別の話……。
『フェアウェル』は2020年10月2日(金)より公開
『フェアウェル』
NYに暮らすビリーと家族は、ガンで余命3ヶ月と宣告された祖母ナイナイに最後に会うために中国へ帰郷する。家族は、病のことを本人に悟られないように、集まる口実として、いとこの結婚式をでっちあげる。ちゃんと真実を伝えるべきだと訴えるビリーと、悲しませたくないと反対する家族。葛藤の中で過ごす数日間、うまくいかない人生に悩んでいたビリーは、逆にナイナイから生きる力を受け取っていく。
思いつめたビリーは、母に中国に残ってナイナイの世話をしたいと相談するが、「誰も喜ばないわ」と止められる。様々な感情が爆発したビリーは、幼い頃、ナイナイと離れて知らない土地へ渡り、いかに寂しく不安だったかを涙ながらに母に訴えるのだった。
家族でぶつかったり、慰め合ったりしながら、とうとう結婚式の日を迎える。果たして、一世一代のウソがばれることなく、無事に式を終えることはできるのか?だが、いくつものハプニングがまだ、彼らを待ち受けていた──。
帰国の朝、彼女たちが選んだ答えとは?
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2020年10月2日(金)より公開