スットコ三角関係ラブコメ『ラブ・アゲイン 2度目のプロポーズ』(2019年)でムダに筋肉美を見せつけたクォン・サンウが、異色“囲碁”バイオレンス『鬼手』(2019年)に続いて鬼気迫る演技を披露する、サスペンス・アクション……売れない漫画家・元暗殺者・コメディが『ヒットマン エージェント:ジュン』だ。ちょっと何を言っているのかよくわからないと思うが、本当にそういうお話なのである。
もし元暗殺者が国家機密をまんま漫画化しちゃったら……?
サンウが演じるのは、身寄りのない少年たちをスパルタ訓練で戦闘マシーンに育て上げる“猛攻隊”という組織に拾われ、ジュンと名付けられた最強の暗殺者。どこかで100回くらい聞いたことがあるような話だが、本作はそのシリアスな設定を逆手に取って意外性のあるコメディに仕上げている。しかも、任務中の事故死を装って別人として第二の人生を歩んだジュンの夢は、漫画家になることだった……。
超優秀な暗殺要員であるジュンも組織にとっては単なる駒のひとつでしかなく、日々課せられる任務という名目の殺生につくづく嫌気が差していた。そんな彼の心を支えていたのが“漫画家になる”という幼い頃からの夢であり、心底嬉しそうに漫画を描くサンウの表情にキュン……とさせられる、一粒で二度も三度もオイシい設定だ。任務遂行=殺しのスキルを叩き込まれた元暗殺者と聞くとめちゃくちゃストイックな主人公を想像するが、もちろん本作は“ド”が付くコメディ映画である。
組織を離脱し自由の身になってから15年、一般女性と結婚して子どもも授かったジュン。しかし、漫画家になるという夢は叶ったものの才能は伴わなかったようで、連載漫画は読者からボロクソ言われまくる不人気ぶり。しかも売れない芸人以下な月収しか得られず、大黒柱である妻の収入に頼るという不甲斐ない日々を送っていた。そして、読者からの容赦ないディスりに精神をすり減らしていたところ、ついには連載打ち切りを言い渡される。WEB漫画カルチャーが盛んな韓国ならではの描写だが、これは過激化するネットいじめの揶揄でもあるだろうか。いや考えすぎか。
中学生の娘はラッパーになりたいらしく、劇中でもHAON(韓国の人気若手ラッパー)の曲が流れたりするのだが、そんな娘に「ラップみたいに自分のことを作品にすれば? パパも本当の自分を描いてみて」と励まされる始末。そんな自分の不甲斐なさを酒で誤魔化していたところ、ついに読者たちの辛辣なコメントにブチ切れてしまったジュンは、酔った勢いで“本当の自分”が主人公の漫画を書き始める。しかし、組織名どころか自分の名前までそのまんまな漫画「暗殺要員 ジュン」を描いてしまったものだから、さあ大変。政府だけでなく猛虎隊に恨みを持つ犯罪組織まで巻き込んだ、国家レベルの大騒動に発展していく。
サンウの漫画的コメディ演技が炸裂! 重いテーマながら全力で軽~く楽しませてくれる快作
基本的には笑いごとではないお話なのだが、ギャグとシリアスの絶妙なバランスで笑いを倍加させていく演出が見事。(汚いのほうの)下ネタもちょい出しして(主に男子の)爆笑を誘ってくるところも秀逸だ。コメディだからとて手を抜かないサンウの全力演技は、ついさっきまでボンクラぶりで笑わせていたのに、次の瞬間にはド派手な格闘アクションで手に汗握らせるという、すさまじい緩急で観客の集中力を持続させる。政府と敵の過剰な深読みによってますます事態が深刻になっていくというドタバタ・コメディーのセオリーをしっかり踏襲し、さらに韓国バラエティ番組風の「ボンヨヨヨ~ン」みたいなSEで軽薄さをキープするところも潔い。
キャスティングも絶妙で、端正な顔立ちとは裏腹にコメディ畑でも活躍するチョン・ジュノは、ツンデレな隊長ドッキュを好演。国家情報院のクソ野郎もとい要人を演じるのは、サスペンスフルな現代劇から壮大な時代劇まで腹黒い人物を演じさせたらピカイチの顔圧を持つホ・ソンテだ。かつてのジュンに憧れていた後輩隊員チョルを演じるのはイ・イギョン、そして序盤の鬼嫁ぶりから一転、終盤には漫画的かわいらしさを爆発させるファンウ・スルヘ(『愛の不時着』[2019年]でお馴染み!)、こまっしゃくれてはいるが親思いの孝行娘ガヨンを演じるイ・ジウォン、ここに犯罪組織のボス、ジェイソンを加えた7人が主要登場人物という、キャラ立ちを意識しつつもお話の腰を折らない明快さが◎だ。
そもそもサンウはコメディ向きというか、どことなく虚無を湛えた表情がシュールな漫画のよう(全力で「頑張ります!」と叫んでも絶対に頑張らなさそうなところとか)。今回は見事な逆三角形ボディを最大限活かせる役に出会った感もあるが、甲斐性なし稼ぎなしのダメ中年なジュンの描写は観る側としてもなかなか身につまされるものがあり、ぶっ飛んだお話の割に意外と感情移入させてくれる。
また、ジュンが劇中で描く漫画は流麗なアニメで表現され、まんま1本の作品としてどこかで配信してほしいくらいのクオリティ。クライマックスでは、まさか! な展開からのワイヤー(のムダ)使いなど、コメディとしてもアクションとしても隅々まで見どころを詰め込んだ、非常に贅沢な仕上がりだ。キム・プンやKian84といった人気WEB漫画家がカメオ出演していたりして、ウェプトゥン好きもニヤリとさせられるだろう。クォン・サンウのファンはもちろん、ここのところ傑作を連発している韓国コメディ映画が気になっている人にも全力でオススメしたい、重いテーマの割に軽~い気持ちで観賞できる要注目作だ。
『ヒットマン エージェント:ジュン』は2020年9月25日(金)よりシネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開
『ヒットマン エージェント:ジュン』
国家情報院に拾われた孤児の少年は、「ジュン」と名付けられ暗殺要員として育てられた。瞬く間に対テロ保安局“猛攻隊”のエースとなったジュンだったが、漫画家になるという幼い頃からの夢を捨てられず、任務遂行中に死を偽装して行方をくらませる。
それから15年後――。ジュンは妻子を持ち憧れの漫画家になったが、全く売れずに妻の稼ぎとバイトで暮らしていた。自暴自棄になり泥酔したジュンは、暗殺要員時代の機密を漫画に描き配信してしまう。朝になり正気に戻ったが時すでに遅く、漫画は大勢の人に読まれ皮肉にも大人気となっていた。しかし、漫画を読んだ国家情報院とテロリストに生きていることがバレてしまい、命を狙われることになる……!
制作年: | 2020 |
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監督: | |
出演: |
2020年9月25日(金)よりシネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開