規模縮小も“量より質”の「第45回トロント国際映画祭」!
毎年、アカデミー賞の行方を占ううえでも重要な位置を占める、トロント国際映画祭。しかし2020年の第45回は、新型コロナウイルスの影響で大幅に規模を縮小し、9月10日~19日に開催された。劇場は人数制限し、ドライブインシアターでの屋外上映も活用。記者会見はオンラインがメインで、海外のプレスも上映作品をオンラインで観ることに。作品数も例年300本以上だったが、今年は50本ほど。それでもカンヌなど3大映画祭と違って、毎年、ユニークで強烈な魅力の作品が多いのもトロントの魅力。今年の上映作品から、いくつかの楽しい“発見”を紹介しよう。
クロエ・グレース・モレッツ主演の怪作!『Shadow in the Clouds』
まず、クロエ・グレース・モレッツの主演作。2年前もトロントで、彼女がイザベル・ユペールにいたぶられる怪作『グレタ GRETA』(2018年)が上映されたが、今回は第二次世界大戦で戦闘機のパイロットを演じた『Shadow in the Clouds(雲の中の影)』(原題)が上映。当時、女性パイロットが多く存在していた事実を基に、クロエは戦闘機の砲塔に乗り込む役どころ。戦闘機の上部で男の兵士たちが、女性である彼女をバカにする会話なんかも繰り返すなか、砲塔内のクロエにカメラはフォーカス。そんな密室劇が一転、クロエに信じがたい悪夢が襲いかかる!
女性パイロットが試練に立ち向かう戦争アクション映画かと思いきや、とんでもない展開になだれ込む、ちょっとした「珍品」。アクションの演出も“ありえない”感が満載だったり、ラスト一瞬までジェットコースターのような勢いでドキドキさせてもらった。トロントでは毎年<ミッドナイト・マッドネス>というカテゴリーで、こうしたブッ飛び系の怪作を集めており、そのミッドナイト・マッドネス部門で今作は堂々の観客賞を受賞。日本での公開を心から熱望します!
This week in our #TIFF20 virtual studio, @bverhoev chats with 'Shadow In The Cloud' star @ChloeGMoretz and director @RoseanneLiang.
— TheWrap (@TheWrap) September 14, 2020
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何も考えず楽しめる! 台湾発ゾンビ映画『逃出立法院 Get the Hell Out』
続いては、『逃出立法院 Get the Hell Out(立法院を脱出するぞ)』(原題)。すでに作られ過ぎの感もあるゾンビものだが、この台湾映画での設定は独創的。台湾といえば、最高議会の立法院で乱闘騒ぎが起こることが日本のニュースでも流れるが、そんな大荒れになる立法院をパロった状況に、ゾンビによる大パニックをミックス。こちらもミッドナイト・マッドネスの今年の代表作だ。
議会の代表を巡る争いや、ゾンビ大発生までのカウントダウンが、ナンセンスなギャグあり、ド派手なアクションあり、LOVEありで豪快に進むノリ。何も考えずに楽しめるし、台湾ゾンビ映画というだけで観ていて新鮮!
フランソワ・オゾン監督の最新作『Summer of 85』(原題)は、タイトルから想像するとおり切なく胸を締めつける、ひと夏の物語。かつて『おもいでの夏』(原題『Summer of 42』[1971年])という少年と人妻の愛を描いた名作があったように、16歳の主人公が愛する相手を失った夏を回想する形式だ。
フランソワ・オゾン監督が描くひと夏のボーイミーツボーイ物語『Summer of 85』
オゾンの映画なので、ボーイミーツボーイなのだが、これまでクセの強い作品が多かったオゾンにしては、珍しくピュアなテイスト。クライマックスでは思わず号泣してしまう人も多いのでは? 背景となる1985年のカルチャーもそこかしこで絶妙なノスタルジー効果を発揮し、とくにロッド・スチュワートの名曲「セイリング」の使われ方が……最高すぎ! オゾンなので日本での公開は確実だろう。
マッツ・ミケルセンがほろ酔いダメ教師を熱演!?『Another Round』
日本でも根強い人気を誇る、マッツ・ミケルセンの新作もトロントで上映。マッツが第65回カンヌ国際映画祭で男優賞に輝いた『偽りなき者』(2012年)のトマス・ヴィンターベア監督と再タッグを果たしたのが『Another Round(みんなでもう一杯)』(原題)。
マッツが演じる高校教師はスランプ気味で、生徒たちからの信頼もゼロ。あるとき、人間は血中のアルコール濃度をつねに0.05%に維持するべきという理論を信じた仲間の教師とともに、彼はつねにホロ酔い状態で過ごすことになる。そうしたら授業も面白くなり、家族関係もいい方向に改善! コメディとシリアスなドラマの不思議な融合でみせる、これまた斬新な味わいの一作。なぜか主人公はジャズバレエを習っているという設定で、劇中で披露するマッツのダンスに、彼のファンは萌えまくることでしょう。
ヴァネッサ・カービーがいきむ! アカデミー賞も射程圏内 『Pieces of a Woman』
直前に開催されたヴェネツィア国際映画祭での話題作が、引き続きトロントで上映されるのもひとつの流れ。第77回ヴェネツィアの金獅子賞(グランプリ)の『ノマドランド』も上映されたが、女優賞に輝いた『Pieces of a Woman(ある女性のいくつかの断片)』(原題)では、主演ヴァネッサ・カービーの演技が凄まじいばかりだった。
ヴァネッサといえば、『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』(2018年)や『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』(2019年)などで知名度が急上昇中。この作品では、死産を経験したヒロインが心の深い傷と闘いながら、助産師の責任を問う裁判に踏み出す。かなりシリアスな内容だが、破水から出産までの約30分、陣痛で苦しみ悶える姿を、長いワンカットも使って、これでもか、これでもかと見せていく。まさに限界点の演技で、これは年に何度も出会えるものではない。監督が『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』(2014年)のコルネル・ムンドルッツォと聞けば、ソソられる人もいるのでは? この作品は世界配給権をNetflixが獲得。アカデミー賞も射程に入った。
まるで『パラサイト 半地下の家族』みたいな富裕層と貧困層の大逆転劇『New Order』
ヴェネツィアで『スパイの妻』(黒沢清監督)と同じ銀獅子賞を受賞(こちらは審査員グランプリという扱い)した、メキシコ映画の『New Order(新しい秩序)』(原題)もショッキングだった。『パラサイト 半地下の家族』(2019年)のバージョンアップ版と言ってもいい、富裕層と貧困層の大逆転劇が壮絶なアクションも盛り込んで展開していく。
メキシコシティで起こったクーデターにより、豪華な邸宅(これも『パラサイト』を彷彿!)での結婚パーティーが、侵入者による大虐殺へ急転。花嫁のヒロインも、兵士の集団に囚われて見るも無残な運命をたどる。格差社会への批判という骨太テーマを、ここまでセンセーショナルに描くとは! いずれにしても好き嫌いが大きく分かれる問題作なのは間違いない。
まだまだここに書ききれない傑作も多かった、第45回トロント国際映画祭。規模は小さくなったが、「量より質」を実践した2020年だった。
取材・文:斉藤博昭