台湾新電影(ニューシネマ)時代の幕開け
1980年代初頭、ホウ・シャオシェン監督『悲情城市』(1989年)が第46回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞し、エドワード・ヤン、ツァイ・ミンリャンらと共に台湾新電影時代が始まった。彼らは後に、タイのアピチャッポン・ウィーラセタクンや中国のジャ・ジャンクー、ビー・ガン、フー・ボーなど、アジアの様々な監督たちに多大な影響を与える存在となる。
1979年に起こった美麗島事件が収束し、新しい時の流れの中にいた台湾新電影と呼ばれる彼らの作品には、日本の同時代の作品とは異なり、独特のさみしさやノスタルジーがあるように思う。彼らがフィルムに焼きつけた雑多で彩度の落ちた台湾の街からは、変わり始めた不安と自由を感じ取ることができるだろう。
車に乗るよりもバイクに乗る描写が印象的なのは、国民性や台湾の文化もあるけれど、時代の変わり目に生きる若者の葛藤や、ここではないどこか外側へ抜け出したいという心情を写しているようにも思える。同時期に注目を集め出した香港のウォン・カーウァイは1960年代を舞台に『欲望の翼』(1990年)を描いたが、ツァイ・ミンリャンの初期作は1990年当時の若者を描いていることもあり、90年代に生まれた者としては共感せざるをえない演出が多い。
2020年9月19日(土)から開催される「台湾巨匠傑作選2020」では、そんなツァイ・ミンリャン監督の“四部作”と称される初期作品『青春神話』『愛情萬歳』『河』『郊遊 <ピクニック>』がリバイバル上映される。
ツァイ・ミンリャン初期作リバイバル上映が2020年の新作群と奇跡のシンクロ
監督第1作目『青春神話』(1992年)は、1人の予備校生と不良の少年の交流を描いており、ツァイ・ミンリャンの作品にたびたび登場する“水”のモチーフが既に使用されている。
しかし個人的に印象的だったのは、「ストリートファイター」のアーケードゲームやポスターだ。ジョナ・ヒル監督作『mid90s ミッドナインティーズ』(2018年)では主人公がSF映画のTシャツを着ているが、同作の時代背景である1997年頃にティーンだったR&Bシンガー、フランク・オーシャンもまたアーティスト写真で同様のTシャツを着ていた。
自分が思春期の頃に出会ったカルチャーに世界の若者も同じように熱狂していたんだと感動すると同時に、言語も異なる日本とアメリカと台湾が繋がったことが不思議でもあった。そして今、これらの作品を観賞できることが偶然ではないような気がしてしまう。
第2作目の『愛情萬歳』(1994年)は、台北の空きアパートにこっそり出入りする3人の男女のお話。アパートの独特な間取りを活かした演出や蛍光灯を使ったライティング。さらに長回しで想像させる演者の表情は、見ていて息をのんでしまう。それらのどこをとっても淀みなくスムースに展開され、最小限の台詞も気にならない。
監督は以前、インタビューで「時間というのは存在感であり、無言の時間に意味がある」といった発言をしている。会話の“間”を使って、観客に対して登場人物の心境にこんなにも想像力を働かせられ、魅力的に描写する監督は他にいないのではないだろうか。
今回はツァイ・ミンリャン四部作のうち2作にフォーカスしたが、近作の『あなたの顔』(2018年)や『あの日の午後』(2015年)など中~後期の作品についても語り足りないので、またどこかで。
文:巽啓伍(never young beach)
『青春神話』『愛情萬歳』は2020年9月19日(土)より「台湾巨匠傑作選2020」で上映