名作『薄氷の殺人』ディアオ・イーナン監督の6年ぶり最新作!
未解決連続猟奇殺人事件に執着する元刑事を描いた『薄氷の殺人』(2014年)は現代チャイニーズ・ノワールという枠に収まりきらない傑作だった。オーソドックスなフィルムノワールかと思いきや、省略を多用した独特すぎるテンポの編集は浮遊感を生み、既視感ゼロの描写をこれでもかと積み重ね、観客は徹底的に幻惑される。映画という表現手段が持っている自由さ、面白さが最大限発揮されている映画で、「きっとティーンのころに観たら影響されて映画を撮りたくなるんだろうな」なんて思ったものだった。
https://www.youtube.com/watch?v=dTjGj5eoQ3E&feature=emb_title
そんな『薄氷の殺人』の監督ディアオ・イーナンの、『薄氷の殺人』以来6年ぶりの新作『鵞鳥湖の夜』が2020年9月25日(金)から公開される。
舞台設定は2012年の中国南部。刑務所から出所した男チョウ(フー・ゴー)は再び裏社会へ飛び込む。しかし内輪もめに巻き込まれ、警官を射殺。すぐさま指名手配となり八方塞がりとなってしまったチョウは、自身に懸けられた報奨金30万元を妻子に残そうと画策。すでに警察に囲われている妻の代理としてやってきた娼婦アイアイ(グイ・ルンメイ)と接触する……。
冒頭から「なんだこれ!?」の連続! グイ・ルンメイの唯一無二の存在感が光る
『薄氷の殺人』に比べると一目瞭然の娯楽度倍増具合に驚く。物語はわかりやすく、ユーモアとバイオレンスが散りばめられ、とてつもなく観やすい。
とはいえ「なんだこれ!?」の連続で、のっけからはじまるのはホテルの地下で行われているバイク窃盗の講習会だ。集まっているのは子供から老人まで幅広く、みな真剣な面持ちで「ディスクブレーキにU字ロックをしてたらすぐ諦めろ」なんてセリフも出てきて大変勉強になる(その直後、U字ロックをメリケンサック風に使ったブン殴り合いも登場)。
そうそう、本作はやたらとバイクが大量に出てくる。ひっきりなしに聞こえてくるバイクの排気音は、本作を彩る重要なBGMだ。
「なんだこれ!?」と目を引くものはまだある。アイアイの仕事である“水浴嬢”なるものだ。これは中国でもそれほど知られてはいないものの実際に存在している違法の性サービス業で、湖畔に立つ水浴嬢を引き連れ、水中でまぐわうらしい。劇中でも説明されているが、たとえ現場に警察が来ても証拠が残らないという大きな利点があるとか。
ほかにも、LEDライト付きのスニーカーを履いて音楽に合わせてステップを踏む集団、街中のネオンサイン、屋台、再開発計画から取り残され建築途中で荒廃したビル……本作はあらゆる意味での“暗部”=ノワールを映しだす。
そんな“暗部”で蠢く登場人物は、みな社会の最下層の人々。主人公チョウ確保のために街中に配備された私服警官でさえ、エルメスの偽物Tシャツを偽物とわかったうえで意気揚々と着用していたりする。
そんななか、やはり際立つのは本作のファム・ファタールである娼婦アイアイを演じるグイ・ルンメイの存在感。最初はあまりにも気品あふれる顔立ちにミスキャストなのでは? と思ったりしたが、夜の雑踏をふらつくいくつかの場面で滲み出る「世界のどこにも居場所がない」感じは唯一無二のものだった。
日活アクション、東映実録路線、石井隆、ウォン・カーウァイ、北野武……このあたりにピンとくる人には絶対に観てほしい1本だ。
文:市川力夫
『鵞鳥湖の夜』は2020年9月25日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町&渋谷ほか公開
『鵞鳥湖の夜』
刑務所を出所して古巣のバイク窃盗団に舞い戻った裏社会の男チョウ。しかし縄張りをめぐる揉め事に巻き込まれ、逃走中に誤って警官を射殺してしまう。たちまち全国に指名手配され、警察の包囲網に追いつめられたチョウは、自らに懸けられた報奨金30万元を妻のシュージュンと幼い息子に残そうと画策する。そんなチョウの前に現れたのは、妻の代理としてやってきたアイアイという見知らぬ女。リゾート地の鵞鳥湖で水浴嬢、すなわち水辺の娼婦として生きているアイアイと行動を共にするチョウだったが、警察の捜索を指揮するリウ隊長、報奨金の強奪を狙う窃盗団に行く手を阻まれ、後戻りのできない袋小路に迷い込んでいく。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2020年9月25日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町&渋谷ほか公開