激重な実話だけど小難しくない! 00年代初頭の暗い記憶を呼び起こす社会派サスペンス
キーラ・ナイトレイ主演最新作『オフィシャル・シークレット』は、アメリカ主導のイラク戦争という泥沼に世界がハマっていった00年代初頭を舞台に、ひとりの勇気ある女性の歴史的告発=通称「キャサリン・ガン事件」を描いた、実話ベースのポリティカル・サスペンスだ。……と聞くと「なんか小難しそうだな」と敬遠してしまう人もいそうだが、ご心配なく。キーラを筆頭にレイフ・ファインズやマット・スミス、マシュー・グードら英国を代表する俳優たちが集結し、国家に“背いた”女性の急転直下の人生を描く重厚かつドラマチックなサスペンス劇に仕上がっている。
それでも抵抗感が拭えないという人は、ぜひ本作の宣伝用に作られたチラシを手にとっていただきたい。SNSで公開された「100日で崩壊する政権」でも知られる漫画家ぼうごなつこ氏による超わかりやすい解説漫画や、あの“せやろがいおじさん”のコメントも掲載された新聞風のチラシは、視認性と訴求力に優れた抜群の映画宣伝ワーク! 紙質も良いので、永久保存版としてパンフレットと一緒にお持ち帰りしたい逸品だ。
ジャイアンなアメリカ、スネ夫なイギリスを巻き込んで大義なき戦争に突入
2001年、アメリカで“911同時多発テロ事件”が発生する。当時の米大統領ジョージ・W・ブッシュは、サダム・フセインの危険性と国際テロ組織アルカイダを強引に結びつけ、イラクは大量破壊兵器を保有している! と決めつけて開戦を示唆。そんなアメリカに同調する英国首相トニー・ブレアの姿をニュースで見ながらブツクサ言っていたキャサリンだったが、まさか自分が後に機密情報をリークし逮捕されることになろうとは思いもよらなかっただろう。
キャサリンが当時勤めていたのは、ハイテク機器を用いて国内外の情報収集や暗号解読を行っている英GCHQ(政府通信本部)だ。あるとき米NSA(国家安全保障局)からイラクへの攻撃を正当化するための裏工作に加担するよう通達があり、関係のない他国まで巻き込まんとする横暴な内容(個人情報をネタに攻撃賛成を促すetc.)に「ちょ、ま、何これ……!?」とドン引き。キャサリンは旧い交友関係を頼ってマスコミへ情報をリークすることを決意し、最終的にこの特ダネはリベラル寄りの日曜新聞<オブザーバー>の記者のもとへたどり着き世界中に報じられることになる。
完璧なサスペンス展開をさらに盛り上げる豪華キャスト陣の競演に酔いしれろ!
みなさんご存じの通り、キャサリンの告発もむなしく15万~100万人以上と言われる犠牲者を出したイラク戦争は阻止できなかったわけだが、本作で主に描かれるのはその後の顛末。告発記事には意外なところでミソが付き、キャサリンはリーク犯人探しが始まったGCHQ内で精神的に追い詰められ、自身がリークしたことを告白。やがて公務秘密法違反の罪で起訴されることになる。
ここで彼女の弁護を担当する弁護士として登場するのが、我らがレイフ・ファインズ! 現在『007』シリーズでボンドの上司Mを演じているファインズだけに、このキャスティングはなかなか燃える。また、記者の情報源としてMI6の現役職員と思しき人物も登場したりするので、陰謀モノが好きな人でなくともゾクゾクさせられるはずだ。この人が言う「官邸にゴマすってないで仕事しろよ」的なセリフを日本の御用メディアにそのままぶつけたいものだ。
そのままなんやかんやで舞台は法廷へ……と思いきや、事態はそんなに単純ではなかった。GHCQの守秘義務に縛られ、トルコ系移民である夫の立場も脅かされ、不条理な法律の壁が彼女たちの前に立ちはだかる。そして当初は告発の信憑性を精査していた記者たちは一転、“ある証拠探し”に奔走することになるのだが、この中盤以降のスリリングな流れがとにかく完璧。畳みかけるような急展開をしっかり支える主要キャストたちの演技力も堪能できて、「ああ、いま良い映画を観ているぞ……!」という感慨に浸れること請け合いである。
もちろん脇役陣の好演も素晴らしく、てっきりその場かぎりのチョイ役だと思っていた人にもクライマックスでしっかり顔を出させるところなどは、ギャヴィン・フッド監督(『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』[2009年]ほか)の映画全体をコントロールするスキルの高さと誠実さが感じられて気持ちが良い。
なぜ一人の女性が政府を告発するに至ったのか? 主人公は広島への留学経験を持つ翻訳分析官
台湾育ちで日本への留学経験もあるキャサリン氏は語学が堪能な秀才ではあるものの、諜報員としてヘッドハンティングされた超エリート・エージェントとかではなく、たまたま目に留まった新聞広告に応募し採用されたというから、いわゆるスパイ映画的なものを期待していると拍子抜けする話ではある。とはいえ、現実世界のスパイはド派手なサスペンス・アクションみたいなものとは程遠い切実な状況から生まれるのだということを示してもいて、生活感あふれる日々から急に国家反逆者として逮捕されてしまうキャサリン自身、情報局に忠誠を誓った云々……な人物像ではない。しかし終始、恐怖や迷いに揺れ動くごく普通の人物だからこそ、結果的に彼女の“真の正義”や“鋼の意志”が我々の心にも刺さるのだ。
それでも映画が始まってからじわじわスリリングな描写が続くので、思いのほか緊張感が漲っていて手に汗を握ってしまう。国家機密をリークした後の人間の心理状態は理解しようもないが、たびたび実際のニュース映像が挿入される演出のおかげで、アラフォー世代以上の人であれば「なんかヤバいことになりそうだな……」と当時の報道を見て漠然と感じていた不安がじわじわと蘇ってくるはずだ。スマホも小型ラップトップもないネット黎明期のユルさもあって、生身の人間同士のアナログなやり取りは懐かしくもあり、かつ本質は何も変わっていないのだということを実感させられる。
我々には馴染みが薄い? 日本もちゃっかり賛同していたイラク戦争の真実を知るべし!
いまやトランプの暴政ぶりのせいで霞んでしまっているが、当時のブッシュがイラク攻撃への支援を要請するニヤケ面のまあ醜いこと! なんでこんな人間が大統領になれたのかいまだに不思議だが、さらなる過ちを看過してしまった現在の米国民のことを想うと、なかなか根深い問題であることを改めて思い知らされる。ちなみにフランスやドイツがイラク攻撃に対し反対を表明した一方、日本ではコイズミ首相がソッコーでブッシュ支持を表明し、多くの国民が「この人、自分が何を言ってるのか分かってるのか!?」と頭を抱えたこともしっかり思い出しておきたい。
★★★★ The Guardian | ★★★★ The Times | ★★★★ Financial Times | ★★★★ The Sun
— Official Secrets (@OSFilmUK) October 29, 2019
Uncover the shocking true story of Katharine Gun in OFFICIAL SECRETS, starring Keira Knightley, in cinemas NOW pic.twitter.com/yXMEndXpJ0
2020年に生きる我々は皆、あの戦争が間違いだったことを知っている(と願う)。それはキャサリンのような人物が自らを犠牲にして世界中に知らしめてくれたおかげだが、同じような構造を持つ事態は今日の日本でも起こっている。個人の悪行ないし国家の不正義を暴く告発と、それに伴う地道な活動が、ひとりの女性に背負わされる不条理。本作は、真実を知ることができた個々人には連帯して責任を果たしていく必要があるということも訴えている。劇中でキャサリンが言う「政府は変わる。私は国民に仕えているのだ」という言葉を永遠に胸に刻みたい。
『オフィシャル・シークレット』は2020年8月28日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
『オフィシャル・シークレット』
2003年1月。英国の諜報機関GCHQ(政府通信本部)で働くキャサリン・ガンはある日、米国の諜報機関NSA(国家安全保障局)から送られたメールを見て愕然とする。それは英米がイラク侵攻を強行するため、国連安全保障理事会のメンバーに対するスパイ活動を指示するものだった。
その内容に憤りを感じたキャサリンは、元同僚の友人を訪ね、マスコミにリークしたいと相談する。2週間後、メールの内容が英国「オブザーバー」紙の一面を飾った。マーティン・ブライト記者の勇気ある告発記事だった。
英国の諜報機関GCHQではリークした犯人探しが始まり、職員一人一人への執拗な取り調べが繰り返された。キャサリンは、自分の仕事仲間にまで尋問が及ぶ状況に耐えきれず、自ら「リークしたのは自分だ」と名乗り出る。しかし、キャサリンの告発も虚しくイラク侵攻は開始され、キャサリンは起訴される。
キャサリンを救おうと人権派弁護士ベン・エマーソンらが立ち上がった。政府内の取材をするなかでキャサリンの無実を確信していくが、相手は政府、簡単に勝てる相手ではない。2004年2月25日、裁判が始まった。果たしてキャサリンは有罪か、それとも無罪か。しかし、驚きの結末が待っていた。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
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2020年8月28日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー