映画を彩る様々な“音”はどのようにして作られているのか?
映画音楽の魅力に迫ったドキュメンタリー『すばらしき映画音楽たち』(2016年)の日本での配給を手がけ、筆者を含む日本のサントラリスナーたちを歓喜させた映画配給会社<アンプラグド>から、再び映画のディープな世界が垣間見える作品が届けられた。それが本作『ようこそ映画音響の世界へ』である。
本作では音楽、声、効果音といった映画の中の様々な音――「映画音響」の発展の歴史と、音作りに挑み続ける音響デザイナーたちの作業のプロセス、音への飽くなき探究心、「音は重要じゃない」という映画スタジオ重役たちの態度を実力で改めさせたエピソードなどが描かれる。
業界初のトーキー映画『ジャズ・シンガー』(1927年)の誕生から、『キング・コング』(1933年)における先進的な音響制作、劇場の音響システムの発展をテンポよく紹介しつつ、その過程で進化していく音響編集技術にスポットを当て、業界の第一線で活躍する多くの音響技術者と映画監督たちが、音へのこだわりとその重要性を思い入れたっぷりに語っていく。
多種多様な「音響」の世界を分かりやすく紹介
監督を務めたミッジ・コスティン自身がベテランの音響デザイナー/音響編集者ということもあり、一般の観客にも「映画音響」というマニアックな世界に興味を持ってもらえるように、その見せ方(演出)にも工夫を凝らしている。
コスティン監督は、多種多様な音響の世界を「声」「効果音」「音楽」の3つの要素で構成された「才能の輪」としてビジュアル化し、さらに「声」のパートを「ライブ録音」「ダイアログ編集」「ADR」、「効果音」のパートを「SFX」「フォーリー」「環境音」に整理して、それぞれの部門がどのような作業を行うのかを分かりやすく紹介してくれている。そのため音響に関して専門的な知識がなくても、話についていけなくなる心配がない作りになっている。
余談だが、筆者は映画のエンドクレジットでよく見かける“Foley Artist”の仕事内容(とその名前の由来)が本作を観てよく分かって面白かったし、ミックスダウン技術者をオーケストラ指揮者にたとえた表現にも大いに納得させられた次第である。
映画音響のレジェンドたちが語る「音作り」の舞台裏
映画に登場する音響技術者たちの中で、重要人物としてクローズアップされているのが『地獄の黙示録』(1979年)のウォルター・マーチ、『スター・ウォーズ』(1977年)のベン・バート、『ジュラシック・パーク』(1993年)のゲイリー・ライドストロームの3人。映画音響界のレジェンドとも言える彼らの代表作と、その音響制作の舞台裏が紹介され、彼らの仕事がいかに革新的で、今日の技術者たちに影響を与えているかが描かれている。
『スター・ウォーズ』シリーズの特徴的な効果音を、想像以上にアナログな方法で作り出したバートの仕事風景や、彼が自分の趣味全開で撮った自主制作映画の映像も楽しい。『地獄の黙示録』でマーチが作成した詳細な音響デザイン・スケッチと、効果音担当者の合理的な役割分担も興味深い。
サントラリスナー必見!“あの作曲家”も出ています
ラジオを録音したテープを切り貼りして音響編集に熱中していた若き日のマーチが、具体音楽(ミュージック・コンクレート)とジョン・ケージの実験音楽に刺激を受けたエピソードや、ザ・ビートルズのアルバムでジョージ・マーティンが行った斬新なアレンジが、音響デザイナーたちにもインスピレーションを与えたこと、コッポラが冨田勲の組曲「惑星」を4チャンネルで聴いて感銘を受け、『地獄の黙示録』の5.1chサラウンド上映を決めた事実などが次々と語られていき、「音響」と「音楽」が密接な関係にあることに気づかされる。
そして映画の終盤で紹介される「音楽」のパートでは、アカデミー賞受賞作曲家のハンス・ジマーとルドウィグ・ゴランソンが登場。彼らのインタビュー映像と仕事風景が見られるので、本作はサントラリスナー的にも見逃せない作品となっている。
近年のジマーは『ダンケルク』や『ブレードランナー 2049』(共に2017年)のように、メロディだけでなくテクスチュアで感情を伝える曲作りを行っているし、本作では『ブラックパンサー』(2018年)の音楽が紹介されるゴランソンも、『クリード チャンプを継ぐ男』(2015年)でボクサーのトレーニング中の音をサンプリングしてリズムトラックに活用していた。両者とも「音楽」と「音響」の間を自在に行き来する鬼才作曲家と言えるだろう。
声、効果音、音楽――今まで映画の中で漫然と聞いていた「音」の中に、これほどまでに深い意味が込められていたのかと驚嘆せずにはいられない、職人魂と映画への愛に溢れたドキュメンタリー作品である。
文:森本康治
『ようこそ映画音響の世界へ』は2020年8月28日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、立川シネマシティほか全国順次公開