「事故物件」。入居者が何らかの事態で死亡したとされる賃貸物件の通称で、そこには“何か”が憑く、とまことしやかにささやかれている――。誰もが一度は耳にしたことがあるだろうが、その実態を知る者はほとんどいない。そんな「事故物件」をテーマにしたホラー映画が、誕生した。
いまも実際に事故物件に住んでいる「事故物件住みます芸人」の松原タニシによるベストセラーノンフィクションを、『リング』(1998年)の名匠・中田秀夫監督が映画化した、『事故物件 恐い間取り』(2020年8月28日[金]から全国公開)。売れない芸人が、テレビ番組の企画で事故物件に住み始めたことから、想像を絶する恐怖に遭遇する物語だ。
亀梨和也・瀬戸康史扮する芸人コンビとともに怪異に立ち向かうヒロインに抜擢されたのは、新進女優の奈緒。NHK連続テレビ小説「半分、青い。」(2018年)や、社会現象化したTVドラマ『あなたの番です』(2019年)で名を上げた彼女は、本作でメイクアシスタントに扮し、目を見開きおののきまくる恐怖演技を披露。ホラー作品への抜群の説得力をもたらしている。
『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』(2020年)に続く中田監督とのタッグ作で、奈緒は何を感じ、何を“見た”のか。成長し続ける彼女の思考に迫る。
恐怖シーンは、中田監督自ら「実演」
―『事故物件 恐い間取り』のお話を聞いたときは、いかがでしたか?
中田監督と以前ご一緒させていただいた『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』は“人間の怖さ”を描いたものだったので、真正面からホラー映画でご一緒できるのがすごく嬉しかったですね。
最初に「事故物件」と聞いたとき、「一軒だけかな?」と思っていたのですが、台本を読んだら事故物件が盛りだくさんで、いろんな心霊現象や怖い描写が次々出てくるから「映像化したらどんな風になるんだろう?」と楽しみでしたし、ホラー映画ならではの撮影方法を経験できることにも興味がありました。
―中田監督ならではのホラーの作り方、というものはあったのでしょうか。
すごく面白かったのは、中田監督や演出部の皆さんが、「こういう画を撮りたい」というイメージを“実演”してくれることです!
―実演、ですか? すごい!
そうなんです(笑)。なかなかないですよね。動きのタイミングをぴったり合わせないといけないシーンも多く、コンマ何秒のズレで「もっと怖くできる」が変わってしまうため大変だったのですが、監督や皆さんが本番の直前に「このタイミングでこういうのが欲しいです」ってすごく丁寧に実演してくれる“演出部劇場”が始まるので、すごく助けられました。
―面白い演出法ですね。一度、拝見してみたいです(笑)。
しかも、迫真の演技なんですよ(笑)。やっぱり、中田監督の恐怖描写のこだわりがすごくて、本番の直前まで演出をつけてくださるんです。「目線、目線!」とか「もっと“カッ”と目を開いて!」とか、監督の声が「よーい、スタート」の掛け声がかかるギリギリまで聞こえていましたね。
ホラー映画の見方が変わった
―奈緒さんご自身は今回の役を演じるにあたり、どういった準備をされましたか?
もともとホラーが好きなんですが、改めて見返しました。『シャイニング』(1980年)や、子どものときから好きな『チャイルド・プレイ』シリーズ(1988年~)など……。以前は、ただただ「怖い」という感覚だけで観ていたんですが、改めて見返すと「人」のほうに目が行くんです。それも「あのキャラクターが怖い」と思っていたけど、それってこのキャラクターに感情移入してたからだよな、と客観視できて、自分がホラー映画に出るという感覚で観ると、これまでとは違った視点が生まれて、新鮮でした。
―仕掛ける側の、視点ですね。
事故物件って、ある種のワンシチュエーションものだと思うんです。その環境下での驚きや恐怖を、観ている方が一緒に“体験”して楽しんでいただきたい、という思いがありました。そういった意味で、過去のホラー作品はすごく参考にしましたし、勉強になりましたね。
―『事故物件 恐い間取り』を拝見すると、奈緒さんの鬼気迫る表情が強烈に入り込んできます。ご自身の演技をスクリーンで観て、いかがでしたか?
「初めてしたんじゃないか……?」っていう表情が結構あったので驚きでしたし、同時にこっぱずかしさもありました(笑)。撮影中はモニターで確認はしていなかったので、出来上がったもので初めて見たんです。中田監督の細かい指示のおかげもあって、自分でもびっくりするくらいの顔になっていました。
―風呂場で“何か”に襲われるシーンなど、ハードな演技も多かったと思います。
あのシーンは一番大変でしたね……。タイミングを的確に合わせることも難しかったですし、スタッフさんも含めて、「けがのないように」と気を張りながら作っていったシーンでした。本当に苦しかったので、リアルな表情が映っていると思います(笑)。
「恐怖」を楽しめるのは人間だけ
―奈緒さんご自身は、本番でグッと役に入り込むタイプか、1つずつ役を積み上げていくタイプか、どちらが近いですか?
集中力がそんなに長くもたないということもあるんですが(苦笑)、なるべく本番ですべて出し切れたらいいなと思ってやっています。ただ、撮影に入る前に、履歴書をいつも作るようにはしています。「何月生まれ」とか、「何が好き」とかを考えて、自分の中でクランクインまでに役を構築していくんです。でも現場に入ったら、履歴書はもう見ないようにします。台本に書いてあることや監督の演出、共演相手の方の呼吸に合わせて、演じていきます。
―共演者といえば、亀梨和也さんとのエピソードで印象的だったものはありますか?
“怖い話”じゃないんですが(笑)、体力を使うシーンの撮影前日、帰り際に「亀梨さんから差し入れです」って、スタッフさんに焼肉弁当をいただいたんです。しかも、私が会話の中で何気なく言った「タン塩が好き」って言ったのを覚えてくださってて、わざわざ単品で追加してくださって……。それだけじゃなくて、亀梨さんは飲み物とかでも「私これが好きなんです」って言うとさりげなく買ってきてくださったり、こちらの発言をすごく覚えてくださっていて、演技以外にも本当にお世話になりました。
―素敵なお話をありがとうございます。最後に、「観たいけど怖そうで迷っている」という方へメッセージをいただいてもよろしいでしょうか。
この作品はものすごく怖いですが、主人公が芸人さんなのでとても明るいシーンもあって、ホラーが苦手な方でも笑顔になれるようなシーンもあります。動物の中で「恐怖」という感情を楽しめるのって、人間だけだと思うんですよね。人間特有の“娯楽”を、ぜひ味わっていただきたいです。
―おっしゃる通り、エンタメ性が非常に高いですよね。恐怖も笑いも、しっかりある。
私自身この映画に参加したことで、“霊”というものに対して恐怖とはまた違う感情が生まれました。原作の松原タニシさんが、霊に対してものすごく前向きな方なんです。その姿勢を見て、お話を聞いているうちに、だんだん守られているような気持ちになってきたんですよね。お化けがみんな怖いというわけではないのかもしれないなって、ちょっと視野が広がったんです。
取材・文:SYO
撮影:町田千秋
『事故物件 恐い間取り』は2020年8月28日(金)より全国公開