死の影
新型コロナウイルスに感染しても「ちょっとした風邪で、たまたま運悪く死んでしまったとしても、人は必ず死ぬんだから」とブラジルのボルソナロ大統領が、繰り返しマスコミを前に吹きまくっている。日本でもそれに近い言説が、昨今飛び交っているんだけど、半分正しい。人は必ず死ぬのである。人の致死率は100%。ただ、日本では死亡者数は欧米等に比較すれば確かに少ないが、2020年8月5日現在、全世界で70万人以上が亡くなっているのだから、全然ただの風邪ではない。充分にご注意ください。
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半分正しい「人は必ず死ぬ」ところが人生の面白さであり、芸術、科学、哲学、文学、幸福、絶望、その他もろもろの出発点である。そんなわけで、「余命もの」と私が勝手に名付けた映画ジャンルが存在し、私たちはそれを観て、泣いたり笑ったりする。
私もつい最近63歳になり本格的なおじいちゃん時代に突入したが、友人を見送ることが増えてきた。まだ「あいつも逝ったか」で整理がつくほど熟してないので、毎回かなり落ち込む。会って謝るべきところを謝っておきたかった、これまでの失敗も成功も笑いあいたかった。気がつくと、そんなことを頭の中で繰り返し考え続けている。いや、考えるというよりは、ただ悔やんでいる。
自分が死ぬことについては、若い頃よりは随分と慣れてしまい、死が怖いという感情は不思議なほど湧いてこない。現実に余命宣告を受けたら動揺して、あたふたするのかもしれないが、それはその時。
余命半年の大学教授
ジョニー・デップが演じるリチャードは何歳だかわからないが、ジョニー・デップが57歳なので、それくらいとしておこう。いきなり医者から「ガンが全身に転移していて、手の施しようがない、余命半年」と告げられる。怒りが湧いてきたが怒りの正体がわからない。どうしたものかとボーッとして帰宅すると、娘からあることを告げられる。妻と口論になったが、前からぎこちない関係だったので、どうでもいいが、自分の上司と不倫の関係であることを知ることになる。
人生が動くときには、いろいろ周辺も慌ただしくなるものである。そんな気がする。そうこうするうちに文字通り、あと半年しか生きられない、あと半年生きることができることだけは理解した。
自分の人生が残り半年であることを、自分の胸にだけ収めておくことは難しい。同僚の親友にだけ告げると、相手が言葉を失い泣き始める始末。でも、そういう人間がいてくれることは率直に言って嬉しい。
問題は残りわずかの時間ではあるが、大学で一つ受け持っている講義はこなさなければならない。何を話そう。話をして自分との関わり合いを確認できる奴らだけにしたい。単位が取りやすいというだけでやって来る連中には用はない。酒飲んで授業して何が悪い。マリファナ持ってるやつは持ってこい。自分でもどうなるかわからないが、やりたいようにやってみよう。
開き直ると言っても、どこか頭の隅に自分の死の影を感じてしまう。それでも、自宅に閉じこもって酒飲んでいるより、学生と接している方がなんだか前向きだ。
はっきり形にならない死への不安、「今」をなんとか自分のものにしたい焦り、友人、娘、学生がいてくれることで時折キラッと輝く希望、うまくいかなかったことも許せてしまう寛容な心持ち、そんな大学教授をジョニー・デップは演じている。深刻で、破天荒で、飄々としている。すごくいい。
ジョニー・デップという役者
ジョニー・デップが出演している作品はなんとなく観に行く。行くんだけど、実は大好きなものはそれほどない。ジョニー・デップが好きなのかどうかわからない。随分前の『ギルバート・グレイプ』(1993年)は好き。それ以降は映画自体は好きなものもあるんだけど、作品の設定だったり、舞台装置に感動することがあっても、ジョニー・デップが大好きとはならなかった。どうして監督はあんなにカブいた演技を要求するんだろう。あれは監督じゃなくて、本人の意図なのかしら。とんでもないイケメンがエキセントリックな芝居をするたびに、どうにもげんなりしてしまって、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』(2003年)に至っては途中で派手に寝てしまって、なんの話だかさっぱりわからないままだった。
私にとってわからない役者だったジョニー・デップが、今回この作品でキラキラ輝いている。話の内容が私に合っていたからかもしれないが、ありがちな「余命もの」に終わらず、身近な「生きる」物語に変わり、大げさな感動とは無縁のどこにでもある「ちょっといい話」、「語り合いたくなる話」になっている。スクリプトが素晴らしいことも勿論だが、ジョニー・デップでなければこの作品にはならなかった。
友人がこれからも亡くなるだろう。それよりも先に私が逝ってしまうかもしれない。でも、心配ない。この作品で余命宣告された時の対処法についてヒントをもらった。「毎日をよく生きる」、これが私たちに課せられた義務であると言われると、そんなにちゃんとできないもん、と文句を言いたくなるあなた。この作品をお勧めします。
『グッバイ、リチャード!』
大学教授・リチャードに告げられた突然のがん宣告。博学でエレガント、真面目な夫として美しい妻と素直な娘との何不自由ない暮らしを送っていたはずのリチャードの人生は一変。追い討ちを掛けるかのように妻に上司との不倫を告白された彼の日々は予期せぬ展開を迎える。死を前に怖いものなしになったリチャードは残りの人生を自分のために謳歌しようと決心。あけすけにものを言い、授業中に酒やマリファナを楽しむ。ルールや立場に縛られない新しい生き方はリチャードにこれまでにない喜びを与え、人の目を気にも留めない彼の破天荒な言動は次第に周囲にも影響を与えてゆく。しかし、リチャードの“終わりの日”は着実に近づいていて……。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
出演: |
2020年8月21日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開