多くのカルト的ファンを持つブライアン・デ・パルマの最高傑作
『スカーフェイス』(1983年)は、紛れもなくブライアン・デ・パルマ監督の最高傑作だ。
このところ、ハリウッドを離れ、『パッション』(2012年)や『ドミノ 復讐の咆哮』(2019年)など、ヨーロッパでしか映画を撮っていないデ・パルマ監督だが、作品の出来不出来が激しいと言われることでも有名だ。
トム・ウルフのベストセラー小説を原作とした『虚栄のかがり火』(1990年)は製作費4700万ドルで、興行収入はその3分の1の約1500万ドルに終わり、失敗作と断ぜられている。また、彼にしては珍しいSF作品『ミッション・トゥ・マーズ』(2000年)は、多くの酷評に晒され、以後ハリウッドから干されるきっかけとなっている。
ニューヨークで初めて『殺しのドレス』(1980年)を観て以来、デ・パルマ監督の作品であれば必ず観るようにしている自分としては、前出の2作品も含めて、どれもそれなりに楽しんできた。その映像美に対してはカルト的ファンも存在するのだが、とにかく毀誉褒貶の激しい映画監督であることも確かだ。
悪の「立身出世物語」
後にリスペクトする人たちも多く現れた『スカーフェイス』も、公開時にはあまり高い評価は得られなかった。1932年の『暗黒街の顔役』(ハワード・ホークス監督)をリメイクしたこの作品は、明らかにそれまでのデ・パルマ監督のものとは、勝手が違っていたからだ。
物語は、キューバのカストロ政権によってアメリカに追放された前科持ちの男、トニー・モンタナ(アル・パチーノ)が主人公。彼が船でマイアミに着いて、食堂の皿洗いから麻薬密売組織のドンになるまでの、悪の「立身出世物語」が描かれていく。
それまでアルフレッド・ヒッチコックの再来とも言われ、サスペンスの盛り上げについては、さまざまな撮影技法を駆使して観客を魅了してきたデ・パルマ監督だったが、この『スカーフェイス』では、徹底的に主人公であるトニーの生き様に焦点を当て、アメリカ社会で富と権力を得るために、貪欲に自分の屈強な意志を貫いていく男の姿を描いている。
もちろん、デ・パルマ監督お得意の魅惑的なカメラワークなども随所に見られるのだが、それ以上に、強烈な個性を持って悪の帝王に成り上がっていく男の物語が、3時間近い(170分)上映時間のなかできっちりと丁寧に描かれていく。これほど1人の人間にスポットを当てた作品は、それまでのデ・パルマ監督のフィルモグラフィーにはなかったものだったのだ。
主人公のトニー・モンタナを演じるアル・パチーノの演技もまた素晴らしい。自らの前に立ちはだかる強大な組織を前にして、「商品」であるコカインに溺れていく麻薬密売王の葛藤を、パチーノは鬼気迫る演技で演じている。コカインの白い粉を額につけて、愛する自分の妹と対面するクライマックスのシーンは、とくに印象的だ。
フランシス・フォード・コッポラ監督の『ゴッドファーザー』(1972年)のマイケル・コルレオーネ役で、一躍、有名俳優となったパチーノだったが、この『スカーフェイス』での演技が、おそらく彼のキャリアハイのものにちがいない。つまりデ・パルマ監督とパチーノのいちばん脂の乗り切ったものが、この作品で重なりあっていると言ってもよい。
オリヴァー・ストーンをなくしては最高傑作になりえなかった!
そして、実はもう1人『スカーフェイス』を、それまでのデ・パルマ監督の作品とは一線を画するものにしている「立役者」がいる。脚本を担当したオリヴァー・ストーンだ。彼なくしては、『スカーフェイス』が、デ・パルマ監督の最高傑作として評価されることもなかったのではないだろうか。
まだ『プラトーン』(1986年)や『ウォール街』(1987年)の監督として名を挙げる前のストーンは、この頃すでに最初の監督作品は発表していたものの、先頃逝去したばかりのアラン・パーカー監督の『ミッドナイト・エクスプレス』(1978年)でアカデミー賞の脚色賞を受賞するなど、主に脚本家として活躍していた。
『スカーフェイス』は前述のように、1932年につくられた『暗黒街の顔役』のリメイクだが、元の作品は禁酒法時代のシカゴのギャング、アル・カポネをモデルにして描かれていた。ストーリー自体は概ね『暗黒街の顔役』をトレースしているのだが、ストーンは、時代設定を1980年に置き換え、「密造酒」を「コカイン」に変えている。
『暗黒街の顔役』では、冒頭に<本作はアメリカにおけるギャング支配を告発し、政府の無関心を非難する映画である>という社会正義に満ちたナレーションが入るのだが、ストーンは、同じく最初に、次のような当時のアメリカとキューバをめぐる時代背景について前置きしている。
<1980年、キューバのカストロ首相はマリエル港の封鎖を解き、米国に家族のいるキューバ人の出国を許した。米国から迎えに駆けつけた船は3000隻、だが船には目当ての出国者のほか、刑務所をさらったゴミが積みこまれた。フロリダに着いた避難民は12万5000人、2万5000人に犯罪歴があった>
この字幕付きのナレーションの後に、「彼らは革命を理解しない。この国には無用だ」というキューバのフィデル・カストロ首相の演説が挟み込まれ、船でアメリカに向かう人々のドキュメンタリー映像も流される。
つまり、あらかじめ物語のフレームとして、ストーンは当時の両国の政治情勢について言及し、設定しているのだ。このあたり、後に社会派の映画監督として名を馳せる、ストーンのこの作品に対する考え方が色濃く現れているところであると言ってもよい。
主人公のトニー・モンタナの造型についても、このストーンのアプローチは生かされており、キューバの前科持ちの避難民から南米のカルテルとも渡り合うまでになる麻薬王の背後に複雑な陰影を刻み込み、『スカーフェイス』という作品を奥行きの深いものにしている。
そして、ストーンの社会に対する視点とデ・パルマの耽美的映像が見事に融合していることが、この作品を後世にも残る傑作にしているのだ。この後、デ・パルマ監督は『暗黒街の顔役』の舞台となる時代を描いた『アンタッチャブル』(1987年)を撮っているが、脚本がストーンでないせいか、階段落ちのシーンなどをはじめ活劇としては見せるのだが、物語的にはいまひとつ物足りないという印象を感じてしまう。
やはり、この『スカーフェイス』における、ブライアン・デ・パルマの演出とオリヴァー・ストーンの脚本は、見事にそれぞれの持つ個性が見事にマッチングして、素晴らしい「化学反応」を起こしている作品と言ってもよい。それにアル・パチーノの一世一代の演技が加わり、3人の最強タッグが生まれている作品でもあるのだ。
これに加えて、時代を象徴する味付けとして、音楽をイタリア出身のエレクトロミュージックの先駆者ジョルジオ・モロダーが担当しているのも特筆すべきことかもしれない。これらが一体となって、その後、多くのアーティストやゲームにまで影響を与えることになる作品が生み出されていったのだ。
後世に残る傑作は、発表された時点では、当然のこととしてそうなることなど予想できない。むしろ、表現や内容が先鋭過ぎるため、その時代では評価されないことさえある。
2020年9月11日に、80歳を迎えるブライアン・デ・パルマ監督。いまはハリウッドからは遠いところに身を置き映画を撮り続けているが、この『スカーフェイス』という作品があるかぎり、彼の名前は映画史に刻み続けられることになるだろう。
文:イナガキシンジ
『スカーフェイス』はNetflixほか配信中
『スカーフェイス』
1980年、避難民に紛れ多くの犯罪者がキューバから米国へと流れた。そのひとりトニー・モンタナはマイアミの大物ボス、フランクの信頼を得て、麻薬王とのデカい取引の交渉役に抜擢される。だが実力を付け始めたトニーはボスと衝突し、彼の女をも奪おうと接触を繰り返す。そしてキレたフランクは彼を消そうとするが……。
制作年: | 1983 |
---|---|
監督: | |
出演: |