作曲家マルティネスは、レフン監督との3度目のコラボレートで自身の音楽をさらに進化させた
映画界にセンセーションを巻き起こしたニコラス・ウィンディング・レフン監督作『ドライヴ』(11)は、鮮烈な映像と音楽で80年代クライム・ムービーの世界観を現代に蘇らせた意欲作だった。そしてその独特な雰囲気作りに大きく貢献したのが、作曲家クリフ・マルティネス(1954年生まれ)による洗練されたアンビエント・スコアだった。
ドラマーとして初期レッド・ホット・チリ・ペッパーズやキャプテン・ビーフハート・アンド・ザ・マジック・バンドのアルバムなどに参加していたマルティネスは、TVシリーズ『Pee-wee’s Playhouse』(86~91)で1987年の1エピソードの音楽を担当した後、スティーヴン・ソダーバーグ監督作『セックスと嘘とビデオテープ』(89)で長編映画音楽デビューを果たした。マルティネスのトレードマークでもあるミニマル/アンビエント系のサウンドは、『蒼い記憶』(95)や『イギリスから来た男』(99)、『トラフィック』(00)、『ソラリス』(02)、『コンテイジョン』(11)など、場所や時系列が交錯するソダーバーグの諸作において、登場人物の深層心理を描き出す重要な役割を担っていたが、サントラリスナーの間でも長年「知る人ぞ知る作曲家」だったという印象は否めなかった。そんな”才人”マルティネスの名前が大きく注目されるきっかけとなったのが、前述の『ドライヴ』であった。ソダーバーグに続いてレフンからも厚い信頼を寄せられた彼は、レフンとの3度目のコラボレーションとなる『ネオン・デーモン』(16)で、自身の音楽をさらに進化させたのだった。
レフンが「美しさについての映画」と語る本作で、マルティネスは幻想的なシンセ・サウンドを響かせつつ、スパンコールやグリッターメイクを連想させるキラキラした音色を随所に散りばめて、ファッション業界のきらびやかな一面を表現している。マルティネスのキャリア史上最も艶やかで耽美的なスコアと言えるかもしれないが、その一方で本作は嫉妬や野心、欲望といった女の情念が生々しく描かれたサイコスリラー映画でもあり、ジョルジオ・モロダーやタンジェリン・ドリーム、ゴブリンの音楽を彷彿とさせるアナログシンセの不吉なサウンドが、ファッション業界の底知れぬ”闇”をあぶり出す。物語の終盤、ルビーが留守番をしている豪邸でのショッキングなシーンの楽曲は、もはやマルティネス流のホラー映画音楽であり、凄みを感じさせる強烈な電子音がリスナーの心にジワジワと浸透していく。『ネオン・デーモン』におけるマルティネスのスコアは、美しさと恐ろしさを併せ持つ、甘美で危険な音楽と言えるだろう。
このように心理ドラマやスリラーの音楽を得意とする一方で、アクションには向かないと思われていたマルティネスだが、最近はジャッキー・チェン主演作『The Foreigner』(19年ゴールデンウィークより東京・新宿ピカデリーほか全国公開予定)やジェラルド・バトラー主演作『ザ・アウトロー』(18)、ジョディ・フォスターほかクセ者俳優が顔を揃える『Hotel Artemis』(18)などアクション映画への参加が続いている。『ドライヴ』のスタイリッシュなシンセ・スコアで近年の映画音楽にも強い影響を与え、『オンリー・ゴッド』(13)とドキュメンタリー映画『マイ・ライフ・ディレクテッド・バイ・ニコラス・ウィンディング・レフン』(14)を経て、『ネオン・デーモン』でネクスト・レベルへと到達したクリフ・マルティネスの今後の活躍に注目したい。
文・森本康治
ネオン・デーモン
『ドライヴ』の鬼才ニコラス・ウィンディング・レフン監督が、エル・ファニングを主演に迎えたサスペンス。ファッション界を舞台に女たちの欲望と官能を描く。
トップモデルを夢見てLAへやって来た16歳のジェシー。その美貌ですぐにチャンスを掴むが、異常な嫉妬心を燃やすライバルたちは、彼女を引きずりおろそうとする。一方、ジェシーも自分の中の激しい野心を目覚めさせ、次第にファッション界の毒に染まっていくのだった。
制作年: | 2016 |
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