1970年代のデビューから今日に至るまで、錚々たる才能たちとの意欲的な仕事で世界の映画ファンを魅了し続けてきたイザベル・ユペールが、自らの死期が近いことを悟った「ヨーロッパ映画界の大物女優」を演じる『ポルトガル、夏の終わり』。当初2020年4月に公開が予定されていたのが新型コロナウイルス感染症流行の影響で延期され、奇しくも夏の終りに日本の劇場に届けられることとなった。
ユペールに才能を見込まれた監督が彼女のために書き下ろし!
フランキーことフランソワーズ・クレモン(イザベル・ユペール)は成功した大女優。自らの身体が病に蝕まれていることを知る彼女は、ポルトガルの世界遺産都市シントラで一緒にバカンスを過ごすよう家族と友人を招く。フランキーを中心とした家族を構成するのは、現在の夫ジミー(ブレンダン・グリーソン)と義理の娘シルヴィア(ヴィネット・ロビンソン)、その夫イアン(アリヨン・バカレ)と娘マヤ(セニア・ナニュア)、元夫ミシェル(パスカル・グレゴリー)と息子ポール(ジェレミー・レニエ)。彼らは普段住んでいる国もばらばらで、フランス語と英語で会話し、肌の色もさまざまだ。
家族に加えてフランキーに招かれたのが、撮影現場で親しくなった年下の友人でヘアメイクアップ・アーティストのアイリーン(マリサ・トメイ)だ。スペインで『スター・ウォーズ』の仕事に参加していた撮影監督の恋人・ゲイリー(グレッグ・キニア)もついてきた。フランキーには、この機に息子のポールとアイリーンを近づけようという思惑があったのだが、筋書き通りにはいかない。シントラの古く美しい街並みや豊かな自然の中で、たった1日のうちにそれぞれの抱える問題があらわになっていくのだった。
監督・脚本はニューヨークを拠点に活動するアイラ・サックス。アメリカ南部に暮らす白人と黒人の少年の恋愛を描いた長編デビュー作『ミシシッピの夜』(1996年)は、日本でも第7回国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映された。自身も2012年に画家のボリス・トーレスと結婚し、双子を育てているというオープンリー・ゲイの監督だ。『ポルトガル、夏の終わり』は、同性婚の合法化を経て結婚した熟年ゲイカップルを描いた前作『人生は小説よりも奇なり』(2014年)に惚れ込んだユペールが監督にメールを送ったことがきっかけとなって制作されたという。
世界遺産シントラの美しさとイザベル・ユペールのクールな存在感
はじめから当て書きされているというだけあって、“ユペール様”の甘さ抑えめのかっこよさを堪能できる作品だ。冒頭からホテルのプールでひとりトップレスで泳ぎ、義理の孫マヤに「撮られるよ」とたしなめられても「撮られても構わないわ、私はフォトジェニックだから」と返す。森の中をハイヒールで歩く姿もシュッとしていてあこがれてしまう。他人が自分の思い通りになって当たり前と思っている身勝手な大女優の役も「そういうもの」として受け入れられるのは、彼女のクールな存在感の為せるわざだろう。
美しいタイルに彩られた19世紀の宮殿を取り巻く公園や見晴らしのいい山頂など、ロケーションの美しさも見どころだ。シントラはポルトガルの首都リスボンから電車で40分の避暑地。ティーンエイジャーの孫がひとりで海辺に出かけて地元の男の子たちと交流する場面は、エリック・ロメールのバカンスものを彷彿とさせる。以前と同じように旅に出かけることが難しくなってしまったこの夏、遠くの美しい土地に流れる時間を感じたい人におすすめしたい。
文:野中モモ
『ポルトガル、夏の終わり』は2020年8月14日(金)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
『ポルトガル、夏の終わり』
「この世のエデン」と称され、神秘的な美しさを織りなすポルトガルの世界遺産の町シントラ。自らの死期を悟ったフランキーは“夏の終わりの休暇”として、一族と友人をこの地に呼び寄せる。しかし、彼女が秘めたある目論見は、次第にその筋書きから外れていき……。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2020年8月14日(金)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開