『スリー・ビルボード』はすべての音楽に意味がある

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ライター:#森本康治
『スリー・ビルボード』はすべての音楽に意味がある
『スリー・ビルボード』オリジナル・サウンドトラック
音楽:カーター・バーウェル
品番:RBCP-3238
定価:2,400円+税
発売元:Rambling RECORDS
第90回アカデミー賞で作品賞、脚本賞、作曲賞、編集賞ほか6部門にノミネートされた本作。音楽を手がけた作曲家カーター・バーウェルが、本作のサウンドトラックに込めた想いを、音楽ライターの森本康治さんが解説する。

エモーショナルだが感傷的になりすぎない、バーウェルの真骨頂

https://youtu.be/0sjdr0IsARM

現地時間の2019年2月24日(日)(日本時間25日)に第91回アカデミー賞授賞式が行われるが、筆者が毎年どの部門よりも注目しているのが作曲賞である。例えば前回は『シェイプ・オブ・ウォーター』のアレクサンドル・デスプラ、『ダンケルク』のハンス・ジマー、『スリー・ビルボード』のカーター・バーウェル、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』のジョン・ウィリアムズ、『ファントム・スレッド』のジョニー・グリーンウッドという豪華な顔ぶれがノミネートされ、デスプラが作曲賞を受賞したが、筆者が密かに受賞を願っていたのはバーウェルだった。アカデミー賞関連のトピックでコラムを書かせて頂くことになったので、この場を借りてカーター・バーウェル(1954年生まれ)の音楽の魅力と、『スリー・ビルボード』の示唆に富む挿入歌について書かせて頂きたいと思う。

コーエン兄弟監督作品の常連作曲家として知られ、トッド・ヘインズやビル・コンドン、ジョン・リー・ハンコックなど作家性の強い監督たちに重用されているバーウェルは、マーティン・マクドナー監督からの信頼も厚く、『ヒットマンズ・レクイエム』(08)、『セブン・サイコパス』(12)に続いて今回の『スリー・ビルボード』(17)で3度目の顔合わせとなる。「何者かに娘を殺された母親が、一向に捜査の進展がないことに腹を立て、3枚の広告看板に抗議のメッセージを載せて警察にケンカを売る」という悲喜劇要素の強い物語は、哀愁のメロディとヒネリの効いたサウンドを得意とする彼にピッタリの題材だった。脚本を読んだバーウェルは、細部まで作り込まれたキャラクターとストーリーから西部劇(マカロニ・ウエスタン)風の音楽を思いつく。しかし完全にその方向には行かず、最終的にミズーリ州の風土を感じさせるギターやマンドリンを使ったアメリカーナ風のサウンドと、「戦い」「喪失」「死」の3つのテーマを基にしたミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)の心に忠実な曲作りを心がけたという。エモーショナルでありながら感傷的になりすぎない抑制の効いたサウンドこそ、バーウェルの真骨頂である。ちなみに彼にとって本作最大のチャレンジとなったのは、サウンドトラックアルバム8曲目の“Billboards On Fire”なのだとか。

バーウェルがミルドレッドの心に焦点を当てて曲作りを行った結果、粗暴な警官のディクソン(サム・ロックウェル)は重要なキャラクターであるにもかかわらず、物語後半まであまりスコアが使われない構成となった。それを補完するのが、選曲から使用場面に至るまで緻密に計算された数々の挿入歌である。例えばディクソンが広告屋に殴り込みに行くシーンでは、モンスターズ・オブ・フォークの「ヒズ・マスターズ・ヴォイス」が流れ、“He hears his master’s voice/Do you hear your master’s voice?”という歌詞が、彼の”マスター”にあたるウィロビー署長(ウディ・ハレルソン)への敬愛の念を示唆している。また、物語後半のディクソンがバーで酒を飲むシーンで流れているフォー・トップスの「いとしのルネ」も、彼の入院中の出来事を振り返ってみると“From deep inside the tears that I’m forced to cry”という歌詞がディクソンの心情を代弁しているように聞こえてくる。そして劇中で2回使われるルネ・フレミングの「夏のなごりのバラ」も、タウンズ・ヴァン・ザントとエイミー・アネルによって歌われる「バックスキン・スタリオン・ブルース」も、それぞれ重要なシーンで使われているため、歌詞が何かを暗示しているものと考えられる。ことほどさように『スリー・ビルボード』は全ての楽曲に何らかの意味があるという、極めて奥が深い作品なのである。

ところで先日第91回アカデミー賞ノミネート作品が発表になったが、今年の作曲賞の候補者は『ブラックパンサー』のルドウィグ・ゴランソン、『ブラック・クランズマン』のテレンス・ブランチャード、『ビール・ストリートの恋人たち』のニコラス・ブリテル、『犬ヶ島』のアレクサンドル・デスプラ、『メリー・ポピンズ リターンズ』のマーク・シャイマンの5人であった。今回筆者はブリテルの受賞を期待しているのだが、皆さんも自分のお気に入りの作曲家を見つけて、賞レースの行方を見守って頂きたいと思う。

文:森本康治

【特集:第91回アカデミー賞】

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『スリー・ビルボード』

ミズーリ州の田舎町を貫く道路に並ぶ、3枚の広告看板。そこには、地元警察への批判メッセージが書かれていた。7カ月前に何者かに娘を殺されたミルドレッドが、何の進展もない捜査状況に腹を立て、警察署長にケンカを売ったのだ。署長を敬愛する部下や、町の人々から抗議を受けるも、一歩も引かないミルドレッド。町中が彼女を敵視するなか、次々と不穏な事件が起こり始め、事態は予想外の方向へと向かい始める……。

制作年: 2017
監督:
出演: