“ナチス高官暗殺もの”というジャンル
SF、西部劇、恋愛、ホラー、コメディなど、映画には様々なジャンルがあるが、戦争映画も大きなジャンルの1つで、その中にナチスものというジャンルがあり、またその中に高官暗殺というジャンルがある。トム・クルーズ主演の『ワルキューレ』や、クエンティン・タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』がそれだ。タランティーノの映画はまったくのフィクションだが、『ワルキューレ』は実際にあったヒトラー暗殺未遂事件を基にしている。高官の中でも、ナチスのナンバー3、プラハのハイドリヒ暗殺は、唯一成功した作戦として何度も映画化されている。ドイツの名匠フリッツ・ラングがアメリカに亡命して撮った『死刑執行人もまた死す』(43)、ルイス・ギルバートの『暁の7人』(75)、ショーン・エリスの『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』(16)などだ。人はなぜそれほどハイドリヒに惹きつけられるのか?
ナチスのナンバー3、HHhHとは?
『ナチス第三の男』の原作は、ゴンクール賞を受賞したローラン・ビネの<HHhH プラハ1942年>(東京創元社刊)。HHhHとはドイツ語のHimmlers Hirn heißt Heydrich(ヒムラーの頭脳、すなわちハイドリヒ)の頭文字をとったもの。ヒムラーとはヒトラーの側近でナチスのナンバー2だったハインリヒ・ヒムラーのことだが、実際に彼を操っていたのはハイドリヒであるという言葉だ。彼の暗殺を計画・実行したのは、英国政府(チャーチル首相)とチェコスロバキア亡命政権で、亡命軍から選抜された兵士がプラハに潜入し、ハイドリヒを襲い、死亡させるという作戦だった(エンスラポイド作戦という)。ビネがエンスラポイド作戦のことを、おたくと言っていいほど熱心かつ執拗に調べ上げ、ドキュ・フィクション化したのが原作で、映画化では暗殺実行日1942年5月27日を時間軸の要として、ハイドリヒ自身と、暗殺を実行した兵士の過去と現在を交互に描いていく。
“金髪の野獣”を体現したジェイソン・クラークの怪演
いったい誰がハイドリヒを演じるのか、演じられるのか。映画の成功の鍵はそこにあった。主演のジェイソン・クラークは、果敢に難問に挑み、見事な役作りをしてみせた。写真で見る限り、本物のハイドリヒは、背が高く(身長191㎝)、金髪で、知的な印象があり、“野獣”と恐れられた面影はない。こんな男がユダヤ人絶滅計画を首謀して何百万人ものユダヤ人を虐殺し、副総督としてプラハに着任するや、たちまち反体制派を弾圧して“プラハの虐殺者”と呼ばれただって? この一見知的に見える男の野獣性を、クラークは表に出して演じてみせた。似ている似ていないで言えば似ていないが、冷徹な皮膚に隠された野獣の魂の部分をそっくり似せたと言えるかもしれない。
また、ハイドリヒの妻リナを演じたロザムンド・パイクの抑えた演技も素晴らしい。
人はなぜハイドリヒに惹きつけられるのか?
ナチス独裁と全体主義の時代など過去のものだと思っていたら、世界のあちこちで独裁的な指導者が生まれ、歴史はまた繰り返そうとしている。今もなお、ビネのような人の興味を惹きつけるハイドリヒに何か特別な魅力があるのかどうか私には分からない。彼を魅力的に見せているものがあるとすれば、それは絶対的な権力という悪への陶酔ではないかと私は思う。彼のしでかしたことはおぞましいとしか言えない。むしろ、私が惹きつけられるのは、ハイドリヒ暗殺に身を投じた兵士たち、彼らを支えた市民が示した勇気の方だ。信念を持つと、普通の人間でも、とてつもなく勇敢になれる。そのことに感動した。
文:齋藤敦子
『ナチス第三の男』は2019年1月25日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
『ナチス第三の男』
ヒトラー、ヒムラーに次ぐ、“ナチス第三の男”ラインハルト・ハイドリヒ。その冷徹極まりない手腕から、“金髪の野獣”と渾名され、ヒトラーさえもが恐れた男。ハイドリヒはナチス政権の高官として出世を遂げるが、第二次世界大戦に至るまでの年月とその戦時下において、ヨーロッパの人々に残忍で容赦ない恐怖をもたらし、<ユダヤ人大量虐殺>の首謀者として絶大な権力を手にしていく。だが、チェコスロバキア亡命政府によって送り込まれたレジスタンスグループが、この抑止不能な男を止めようとしていた。ヤン・クビシュとヨゼフ・ガブチーク率いる暗殺部隊が綿密な計画の過程を経て、ハイドリヒの一行を襲撃、致命傷を負わせる。これにより、ハイドリヒは第二次世界大戦中に殺害された唯一のナチス最高幹部となった。ナチス政権に揺さぶりをかけた歴史的瞬間は、それぞれの信念を貫いた両極に位置する人々によって生み出された。史上唯一成功した、ナチス高官の暗殺計画の真実が今、明かされる。
制作年: | 2017 |
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監督: | |
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