物語の舞台は暗黒時代の靴音が忍び寄る80年前のオーストリア!
ナチ・ドイツが権勢を強め、日に日に市民の自由が失われつつある1937年のオーストリアを舞台に、緑豊かな田舎から都会に出てきた青年の青春を描く『17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン』。原作は、ウィーン生まれの作家ローベルト・ゼーターラーによるベストセラー小説「キオスク」。2012年の刊行以来、ドイツで50万部を超える売り上げを記録し、2017年には東宣出版の「はじめて出逢う世界のおはなし」シリーズのオーストリア編として、酒寄進一氏の翻訳で日本に紹介されている。
美しい湖のほとりで母親とつつましく暮らしていた純朴な青年フランツ(ジーモン・モルツェ)は、いやいやながらウィーンのタバコ屋で働きはじめる。かつてフランツの母親と懇意だったというオットー(ヨハネス・クリシュ)がひとりで切り盛りする小さな店だ。
第一次大戦で片足を失い松葉杖が手放せないオットーは、フランツに仕事を教え、高級葉巻の素晴らしさを語る。タバコの他にも新聞や文房具を販売する店には、さまざまなルーツのさまざまな思想信条を持つ人々が訪れ、その中には精神分析の始祖として名をあげたジークムント・フロイト(ブルーノ・ガンツ)もいた。
そんなある日、フランツはボヘミア(現在のチェコの西部にあたる地方の歴史的名称)からやってきたアネシュカ(エマ・ドログノヴァ)に恋をする。気まぐれな彼女を追いかけて、不法滞在で不安定な生活を送る移民たちや、怪しげなナイトクラブに集う人々の世界を垣間見るフランツ。彼はフロイトに助言を仰ぎ、不穏な社会情勢のもとで恋に翻弄され、世の中を知っていく。
しかし、ナチによるユダヤ人迫害や思想の取締りが彼らの日常にも迫る。多種多様な新聞に加えてポルノも密かに販売していたタバコ屋は、ナチや近隣の排外主義者に目をつけられ、いやがらせを受けることに。そうしてついにオットーがゲシュタポに連れ去られてしまい、ひとりでタバコ屋を守ることになったフランツは、ある悲劇をきっかけに思い切った行動に出るのだった。
ひとりひとりが「自由」のためにできることは? 苦味の残る青春映画
フランツの夢や妄想も「現実」と同等に映像で示されるあたり、実在の人物である精神分析の権威フロイトを絡ませた物語らしい表現だ。フロイトはナチによって故郷を追われた人種差別の被害者だが、その理論は女性蔑視と深く結びついており、歴史的に見て功もあるが罪も大きい存在だと個人的には思う。しかし、この作品ではそういった側面には踏み込まず、基本的には田舎から出てきた青年と年齢を超えた友情を築く好人物として描かれている。演じるのは2018年に亡くなったブルーノ・ガンツ。深く刻まれた皺と丸眼鏡越しの眼光が、うっすらとただ者ではない気配を醸し出す。
雰囲気たっぷりに描かれる暗い時代の青春物語に、もし自分がこの時代、この土地に生まれていたらどうしていただろうか、と考えずにはいられない。フロイトもタバコも現在ではかなり評判が悪くなっているが、かつてそれらが確かに人を “解放” するものだった時代があったのだ。
ティーンエイジャーのフランツよりも彼の親のほうに年齢が近い人間としては、彼と手紙をやりとりする田舎の母(レギーナ・フリッチュ)の存在も心に残った。頑固で不器用な男たちと強かでたくましい女たちの対比、その功罪についても考えさせられる。世界のあちこちでふたたびファシストが力をふるい、マスメディアが信用を失いつつある現在、ひとりひとりが自由のためにできることは何か。それを問いかけてくる苦い青春映画だ。
文:野中モモ
『17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン』
1937年、ナチ・ドイツとの併合に揺れるオーストリア。自然豊かなアッター湖のほとりに母親と暮らす17歳の青年フランツは、タバコ店の見習いとして働くためウィーンへやってきた。常連のひとりで“頭の医者”として知られるフロイト教授と懇意になったフランツは、教授から人生を楽しみ恋をするよう勧めを受ける。やがてボヘミア出身の女性アネシュカに一目惚れをし、はじめての恋に戸惑うフランツは、フロイトに助言を仰ぐ。しかし、時代は国全体を巻き込んで、激動の時を迎えようとしていた。
制作年: | 2018 |
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2020年7月24日(金・祝)よりBunkamuraル・シネマほか全国公開