ホームレスたちを救え! エミリオ・エステヴェスの肝いり企画
僕は発言しないことを悪と断じたくはないけれど、考えないことは悪だと思う。まず必要なのはひたすら学び、熟考すること。そのうえで、知人や友人と議論を交わし意見をすり合わせ、ときには修正も必要になってくるだろう。「世界はひとつじゃない そのまま ばらばらのまま」と星野源は歌っていた。ばらばらのままでもいいから、いまはお互いに意見を交わし、理解し合うタイミングなのかもしれない。なにを悠長なことを……と言う人もいるかもしれないけれど、もちろんその意見だって理解できる。
エミリオ・エステヴェスが監督を務めた『パブリック 図書館の奇跡』はロサンゼルス・タイムズ紙に寄稿された、米ユタ州ソルトレイクシティーの公共図書館が実質ホームレスの避難所となっていることを綴ったエッセイ「Written Off」にエステヴェス自身が触発されて製作した映画であり、彼が製作・脚本・主演も務めている。
物語の舞台は、寒波が到来した米オハイオ州シンシナティ。緊急シェルターがいっぱいで行き場のなくなったホームレスたちは毎朝、開館と同時に公共図書館へ入館し、閉館まで館内で暖をとる。読書をする者もいれば、インターネットで情報を得る者、歯磨きや洗髪をする者など、多種多様な人たちが集っていた。
図書館司書のスチュアート・グッドソン(エステヴェス)は、そんなホームレスらの事情を理解し、同じ目線で語り合う。彼らのキツめのジョークにとまどいながらも対応するその姿は、司書でありながら公共のソーシャルワーカーとしての側面も持ち合わせているかのようだ。
とある夜、ホームレスたちは仲間のひとりが凍死したことから、無慈悲な社会に物申すため図書館の一部を70名で占拠。この事態に巻き込まれたスチュアートはホームレスらの意志を汲み、行動を共にし、社会に変化をもたらすべく行動する。しかし、次期市長選への出馬を目論む検察官デイヴィス(クリスチャン・スレイター)らのメディアを利用した印象操作により、ホームレスたちのデモ行為は「精神疾患者たちの公共施設占拠」として生放送で伝えられてしまい、事態は思わぬ方向へと転がっていく。
社会に対し実際に声をあげ戦っている人たちを冷笑している場合じゃない
この映画にはあらゆる社会問題が盛り込まれていて、正直どこからどこまで伝えるべきか悩み、筆が遅々として進まなかった。冒頭のスチュアートと同僚の会話シーンで語られるのは、自家用車通勤による二酸化炭素排出における環境破壊、メディアによる情報操作、そして人種差別問題などなど。しかし、それらすべてに共通するのは社会における“平等”を訴えている点だ。
舞台となる図書館には“情報機会の平等”という役割があり、どんな境遇の人でも情報に触れられる場所でなくてはならない。情報格差が激しく、インターネットが二次的な世界として疑いもなく存在している現在においては、差別の無い場所ともいえる。そんな平等な場所で彼らは、社会生活における様々な不平等を訴える。それは基本的人権についての訴えでもある。
物語中盤、ひとりのホームレスがスチュアートに向けて「神は人に声を与えた。それを使うか、黙るかだ」と伝える。2020年になってもまだ、努力することを笑う人たちは存在していて、冷笑的でいることがクールという風潮は僕自身の経験からも確実に存在している。そして、いまだにその感覚が多くの人の内面に少なからず残っていることが少し恐ろしい。
本作では、凍死という物理的な命の危機に対してホームレスたちが声をあげるが、それはいつ社会的に殺されてもおかしくないという僕たちの状況にも共通していて、国や境遇に関わらず、現代社会全体に対して警鐘を鳴らしている。
少なくとも2020年現在、声をあげ努力している人たちを嘲笑っている場合なのだろうかと思う。それぞれが学び、意見を共有し、声をあげることの何を嘲笑できるというのか。拒むのではなく、話を聞いて受け入れることによって人々の心が溶け合い、そこにひとつの平等が生まれる、そんな希望が感じられる作品だった。
文:巽啓伍(never young beach)
『パブリック 図書館の奇跡』は2020年7月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
『パブリック 図書館の奇跡』
米オハイオ州シンシナティの公共図書館で、実直な図書館員スチュアートが常連の利用者であるホームレスから思わぬことを告げられる。「今夜は帰らない。ここを占拠する」。大寒波の影響により路上で凍死者が続出しているのに、市の緊急シェルターが満杯で、行き場がないというのがその理由だった。
約70人のホームレスの苦境を察したスチュアートは、3階に立てこもった彼らと行動を共にし、出入り口を封鎖する。それは“代わりの避難場所”を求める平和的なデモだったが、政治的なイメージアップをもくろむ検察官の偏った主張やメディアのセンセーショナルな報道によって、スチュアートは心に問題を抱えた“アブない容疑者”に仕立てられてしまう。やがて警察の機動隊が出動し、追いつめられたスチュアートとホームレスたちが決断した驚愕の行動とは……。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
出演: |
2020年7月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開