2つの傑作映画を生んだスティーヴン・キングの小説集
私は静岡県で生まれ育ったので、少年時代の夏はやはり冒険の季節だった。未知の世界を求めて海へ山へ川へ出かけていった。学年が進むにつれ自転車の遠乗りの距離が伸びていくことが、密かな誇りだった。
『スタンド・バイ・ミー』(1986年)は、4人の少年たちのひと夏の冒険を描いた物語である。3日前から行方不明になっている少年が、30キロ先の森の奥で死体のまま放置されていることを知り、「死体を見つければ有名になれる」という動機から、それを探す旅に出る。一泊二日の野宿の旅をした少年たちは、顔もTシャツも汗まみれ泥まみれで、全身で「夏」を体現しているかのような姿をしている。夏と言えばこの映画を思い出す人も多いらしい。
原作はスティーヴン・キングの中篇小説集「Different Seasons(原題)」(新潮社刊:ゴールデンボーイ ―恐怖の四季 春夏編―/スタンド・バイ・ミー ―恐怖の四季 秋冬編―)に収録された「The Body(Fall From Innocence)」(原題)である。直訳すれば「死体(純真からの秋)」か。この小説集は四季にまつわる4編の作品で構成されていて、その中で『スタンド・バイ・ミー』の原作作品は、実は「秋」を担当している。しかし、もちろんそれは「精神的な秋」のことだ。
少年たちは「汚い大人」を嫌悪している。同時に12歳の自分たちがもう子供でいられないことも知っている。自分たちの「Innocence」が失われていくことに狼狽し、また意識して、それに別れを告げる必要を感じて葛藤している。精神の輝きは盛りを過ぎ、秋の気配が見える。
失われていく純真さへの憧憬は「IT」などにも共通する、スティーヴン・キング作品の重要なテーマだ。また、日本のホラー漫画の大家、楳図かずおも「わたしは真悟」で全く同じテーマを描いており、ホラー作家に共通するナイーブな魂を垣間見る気がする。
話が前後するが、小説集「Different Seasons」で春を担当する作品「Rita Hayworth and Shawshank Redemption(Hope Springs Eternal)/刑務所のリタ・ヘイワース」は『ショーシャンクの空に』(1994年)の原作である。スティーヴン・キングは通俗的なホラー作家という評価への反発心からこの中編小説集を書いたらしいが、結果、映画史に残る名作の中の名作を2本も生むことになった。
この少年たちのように純粋な時代が、かつての自分にもあっただろうか――
私にとって『スタンド・バイ・ミー』は、旅の途中、ゴーディが友達にせがまれて、夜に焚き火を囲みながらした作り話のシーンに尽きる。ゴーディは少年時代のスティーヴン・キングがモデルで、物語を作る才能がある。
作り話の主人公は「ブタケツ」とあだ名される、ひどく肥満した少年。同級生も先生も大人も暇さえあれば彼をからかっていた。ある日ブタケツは最高の復讐を思いつき、町恒例のパイの早食い競争に出場する。ブタケツは競技の直前に、ひまし油を大量に飲む。パイを5ホール食べた時ブタケツ腹から異様な音がする。そしてブタケツは隣に座る男の顔にめがけてパイ5ホール分のゲロを吐きかけた。それを見た人々に吐き気は連鎖し、ステージ、観客席、会場全てがゲロの海になる。その光景を見てブタケツはゲロまみれになりながら満足そうな笑みを浮かべる。最高の話。私はこの物語から大切な「物の見方」を得た。汚物まみれになることで浮かび上がる、世間のきれいごと。その痛快さ。
スタンド・バイ・ミーの少年たちは、とにかく下品な言葉を並べ立てる。それは自分たちの純真さを守るため、大人にならないための必死な抵抗だ。物語に登場する少年たちは、大人たちによりひどく傷つけられている。大人からの仕打ちに耐えるため、そしてそんな醜い大人にならぬように必死になっている。一人では挫けてしまうから、友達の絆を無条件で信じている。
この作品が胸を打つのは、子供たちのその健気さのためだ。単純なノスタルジーで感動する映画ではない。ただ、この作品を見ていると自分にも、彼らのような純真さがあったように思える。それは錯覚かもしれないが、それでも大きなカタルシスを得ることができる。
文:椎名基樹
『スタンド・バイ・ミー』はNetflixほか配信中
『スタンド・バイ・ミー』
1959年、オレゴンの小さな町。文学少年ゴーディをはじめとする12才の仲良し4人組は、行方不明になった少年が列車に轢かれて野ざらしになっているという情報を手にする。死体を発見すれば一躍ヒーローになれる! 4人は不安と興奮を胸に未知への旅に出る。たった2日間のこの冒険が、少年たちの心に忘れえぬ思い出を残した……。
制作年: | 1986 |
---|---|
監督: | |
出演: |