コネリー・ボンド初登場シーンに込められた売り出し戦略
『007/ドクター・ノオ』(1962年)から5作目の『007は二度死ぬ』(1967年)までの初期『007』シリーズを観るうえで注目したいのは、次第に英国紳士ぶりが板についていく「コネリー・ボンド」の変化だ。それは、製作者側が考えていたコネリーによるジェームズ・ボンドのキャラクターづくりの過程と言ってもよい。
デビュー作でもある『ドクター・ノオ』(日本公開時の邦題は『007は殺しの番号』)では、コネリー・ボンドはロンドンのカジノ「アンバサダー・クラブ」の場面から登場するが、タキシードにブラックタイをつけ、はっきり言ってかなりキメこんでいる。
カジノのテーブルでは微妙にシュマン・ド・フェールでのカードの配り方がぎこちなくも見えなくはないが、とにかく必要以上に紳士を気取っている。このボンド初登場のシーンは、労働者階級出身のボディビルダーであるコネリーの印象を払拭し、金銭にも困らない洗練された主人公であることを強調する、テレンス・ヤング監督の計算され尽くした戦略のようにも思える。
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事実、シリーズの幕開けともいえるこのボンド初登場の場面は、原作小説にはなく、映画オリジナルのもので、明らかにコネリー・ボンドを英国紳士として印象づけるシーンなのだ。ちなみに、このシーンは、後に続く本筋のストーリーともまったく絡むことがない。とにかくコネリー・ボンド売り出しのシーンなのだ。
第1作を観ていて気になるのが、この主人公がロンドンからジャマイカのキングストンに飛ぶと、途端にそれまでの洗練さは消え、野暮ったさが増す。さらに後半、ずっと着ていたスーツを脱ぎ捨て、ラフなポロシャツ姿になると、冒頭の紳士のイメージは消し飛んでしまい、マッチョなアクション俳優になってしまう。このあたり、まだ製作者側のコネリー・ボンドに対する性格づけがはっきりしていなかったという印象も受ける。
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物語的にも、後半部には、いまではとても考えられない設定や展開もあり、予算的にも潤沢ではなかったと見え、セットなどチープな印象も拭えない。とはいえ、この『ドクター・ノオ』の白眉は、野性味溢れるコネリー・ボンドも思わず刮目する、初代のボンドガール、ハニー・ライダー役のウルスラ・アンドレスの存在だろう。
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彼女がワイルドな水着姿で海から上がってくるシーンは、後年の作品でも同じようなシチュエーションが登場するほど、『007』シリーズを代表する象徴的シーンとなっている。そして、ボンドの傍には常にセクシーで美しい女性ありという「お約束」が生まれた瞬間でもある。
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セクシー・ボンド全開の日本を舞台にした珍品
2作目の『007/ロシアより愛をこめて』(1963年:日本公開時の邦題は『007/危機一発』)は、個人的には初期の作品のなかでは、もっとも好きな作品だが、ここでは、コネリー・ボンドも洗練さに多少の自信を持ったのか、いきなり半裸で豊かな胸毛を見せながらという、大胆な姿で登場する。もちろん女性とのデートシーンなのだが、以降の場面でも、コネリー・ボンドは前作と比べ表情にも余裕が見られ、ジョークも飛ばす。
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前作の舞台は南国のジャマイカだったが、この2作目ではイスタンブールとベネチア。有名なブルーモスクのショットを長く挿入したり、オリエント急行内でのアクションもあったり、かなり観光映画的要素も入っている。女性に対するスタンスもかなり繊細で、相手役となるソ連のスパイであるタチアナ(ダニエラ・ビアンキ)との道行きは、以降のコネリー・ボンドの女性への接し方の典型ともなっている。
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3作目の『007/ゴールドフィンガー』(1964年)では、どんな危機に瀕しても余裕綽々のコネリー・ボンドがすっかり板についてくる。冒頭、ボンドが至難な仕事を終えて、潜水用の服を脱ぐと、その下から白いタキシードが現れる。そのままバーへと直行するのだが、これも後年いろいろと模倣される有名なシーンだ。
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女性に対しての「ショート・ディスタンス」を見せたのも、この『ゴールドフィンガー』が印象的だった。ボンドは敵であるゴールドフィンガーの連れの女性と、一瞬にして距離を縮めてしまう。彼女は全身に金粉を塗られて殺されてしまうのだが、公開時のポスターでは、その女性のショッキングなビジュアルが使われていた。
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この目を釘付けにするビジュアルの効果か、前述したように、この3作目の『ゴールドフィンガー』は、世界中で爆発的な興行収入を上げ、日本でもその年の興行収入の第1位に輝いた。日本での『007』人気は、この作品から始まったといえるかもしれない。
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また『ゴールドフィンガー』では、ボンドの活躍する舞台はメキシコ、マイアミ、ロンドン、ジュネーブ、アメリカのケンタッキーと目まぐるしく変わる。製作費が増大していたせいかもしれないが、その後も続く世界を股にかけて駆けめぐるボンドのイメージは、この作品で決定的となった。
第4作である『007/サンダーボール作戦』(1965年)では、コネリー・ボンドは最初から服を脱いだ状態で登場する。過酷な任務を終え、療養所で体調の快復をはかっているという設定だが、バスローブを羽織って「濃厚接触」しながらセラピストから施術を受けている。もちろん胸元からは自慢の胸毛も見えている。
1年に1本ずつボンド役をこなすうちに、コネリー・ボンドもすっかり英国紳士ぶりが身についてきたためか、製作者側も安心して、今度は1作ごとに話題を集めてきた主人公のセクシーさをシリーズの売りにしようと、そちらの方向へと針を振り切ったようにも感じる演出だ。
製作費が前作の3倍になったためか、このシリーズ第4作では、数々の秘密兵器も登場する。特に冒頭でボンドが背中に背負って空を飛ぶジェット・パックには驚かされる。その他、中心の舞台がカリブ海のバハマということもあり水中でのアクションシーンも多く、仇敵スペクターが操る水中艇など、当時はプラモデルも発売された人気アイテムも登場する。
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5作目の日本を舞台にした『007は二度死ぬ』は、コネリー“セクシー”ボンドが全開だ。冒頭は香港なのだが、ここでいきなり東洋人の女性とベッドを共にしている。日本に舞台を移してからも、湯女に囲まれての入浴シーンや、2人の日本人ボンドガール(若林映子、浜美枝)とのラブシーンやら、本来のミッションもそっちのけで、異国でのカルチャーショックを楽しんでいる。
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日本に対する「フジヤマ、ゲイシャ」的なステレオタイプな場面も多く、いまなら明らかにセクシャルハラスメントに該当するのではないかという表現もあり、かなり『007』シリーズのなかでは珍品に属する作品かもしれない。なお、この作品のなかで、コネリー・ボンドは、なぜか髪を下ろして日本人にもなっている。これはもう、「ドクター・ノオ」の冒頭の英国紳士からはほど遠い姿だ。そして、コネリーはこの作品を最後にボンド役の降板を宣言する。
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ボンド役に復帰、おまけのような2作品
シリーズ初期のコネリー・ボンド5作品を紹介してきたが、6作目の『女王陛下の007』(1969年)では、前作を最後に降板したショーン・コネリーに代わって、ジョージ・レーゼンビーがボンド役を演じている。それまでのプレイボーイのコネリー・ボンドとはうって変わって、レーゼンビー・ボンドは、ヒロインと結婚してしまうという、恋愛作品のような展開も見せる。アルプスを舞台にした圧巻のスキーアクションなどもあり、この作品を初期の『007』シリーズのなかでは傑作だと推す人も多い。
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レーゼンビー・ボンドは1作だけでシリーズを去り、第7作の『ダイヤモンドは永遠に』(1971年)では、またコネリー・ボンドが復活する。再登板の条件は、破格のギャラと彼が望む作品に映画会社が出資することだったというが、一度は降板を宣言した役柄に、さすがに思い入れはなく、すでにこのとき年齢も40歳を超えており、初期の5作品で見せた颯爽とした感じはあまり伝わってこない。
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ただ作品の見どころとしては、ラスベガスのダウンタウンを舞台に派手なカーチェイスを繰り広げており、その後のこの街の変貌ぶりを考えると、いま思えばなかなか貴重な映像かもしれない。製作費は720万ドル、興行収入は1億1600万ドルで、いずれも最全盛期の1965年の『サンダーボール作戦』には及ばなかった。
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実はこの後、『007』の冠はつかないが、コネリー・ボンドが登場する『ネバーセイ・ネバーアゲイン』(1983年)という作品がある。本来の製作チームとは異なるスタッフが集まり、1965年の『サンダーボール作戦』と同じ映画用脚本を基につくられており、ストーリーも似通っているが、さすがに初期の5作品の輝きはコネリー・ボンドにはなく、これもコレクターズアイテムとして観るにはよいかもししれない。
というわけで、おまけのような2作品はあるが、やはりタキシードがよく似合う優雅な紳士で、危機に瀕しても余裕がありジョークも出る、おまけにセクシーで女性にもモテる、こんなジェームズ・ボンド像をつくったのは、初期の5作品のコネリー・ボンドであることは疑いの余地がない。
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元々、原作者のイアン・フレミングが描いたボンド像は、このショーン・コネリーがつくったイメージとは少し異なるものであったのだが、後年、『007』シリーズが人気を博すると、わずかな間だが(フレミングは1964年の『ゴールドフィンガー』公開直前に死去)、このコネリー・ボンドに寄せて小説も執筆していた。原作者にまで影響を及ぼしたショーン・コネリーのジェームズ・ボンド、やはり『007』を半世紀以上も続くギネス記録もののシリーズキャラクターにした功績は大きい。
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文:イナガキシンジ
『007』シリーズはCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年7月ほか放送