テクノロジー偏重と己の肉体での闘いとの間を揺れ動いた『007』シリーズ
【シネマ・タイムレス~時代を超えた名作/時代を作る新作~ 第7回】
第7回目は、三代目ジェームズ・ボンドとしてシリーズ最多7作品に主演したロジャー・ムーアの時代の、実用的かつウィットに富んだガジェットに注目してみたい。
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前回に引き続き、英国のMI6所属の秘密諜報部員・007ことジェームズ・ボンドの話をしたい。今回は歴代ボンド役者の中で、最多7作品でボンドを演じ、2017年に惜しまれつつ89歳で世を去った、故ロジャー・ムーアを中心に、ボンドのガジェットや秘密兵器、そしてそれらの使用の際に醸し出される“ウィット”にフォーカスする。
作家イアン・フレミングの創造したジェームズ・ボンドというと、時計はオメガ、バーではウォッカ・マティーニを注文(「ステアせずにシェイクして!」)、車は英国の名車アストン・マーチン、といったこだわりのダンディズムと、一方で敵に捕まって拷問を受ければ苦悶の喘ぎ声を出し、敵を情け容赦なく殺すことの出来る非情さを示すハードボイルドなタッチで一世を風靡したのだが、やがてフレミングの原作自体、荒唐無稽な冒険小説へとシフトした。
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英国イオン・プロダクションによる映画版『007』シリーズもまた同じ経緯を辿り、シリーズ第4作『007/サンダーボール作戦』(1965年)、第5作『007は二度死ぬ』(1967年)辺りは、ボンドが使用する背負い型ロケット、大型スーツケース四個から組み立てるオード・ジャイロ“リトル・ネリー”、敵のスペクターの方も二つに分離する“ウルトラホーク”のような水中翼船、阿蘇山の火口の中に築かれた巨大秘密基地のようなテクノロジーに頼ったド派手な路線へ。その反省から、いったんは第6作『女王陛下の007』(1969年)で原作に近い己の肉体で戦うボンドへと原点回帰が図られたものの興行成績は振るわず、一作品限りで復帰したショーン・コネリーの第7作『007/ダイヤモンドは永遠に』(1971年)では舞台は宇宙へと広がり、元の荒唐無稽路線へ戻ることが確認された。
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ロジャー・ムーアが三代目ボンドに就任したのはそんな文脈の中においてだったが、最初の『007/死ぬのは奴らだ』(1973年)こそ様子見でテクノロジーにはほとんど頼らなかったものの、3本目となる第10作『007/私を愛したスパイ』(1977年)では海底要塞アトランティスや水陸両用のボンドカー=ロータス・エスプリとテクノロジーの粋を尽くして大成功。その勢いで第11作『007/ムーンレイカー』(1979年)では、とうとうボンド自身がスペースシャトルで宇宙ステーションまで乗り込むSF的展開となった。
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第12作『007/ユア・アイズ・オンリー』(1981年)は己の肉体で戦うボンドへの回帰を見せるなど、このシリーズの歴史は常にテクノロジー偏重と原点回帰を行きつ戻りつして現在に至るものの、その後のムーア=ボンド3作品に関して言えば、作品そのもののテイストという点では大きな変化を見せずに、ムーア独特のボンド・イメージを着実に築き上げた感がある。……そのムーア=ボンドの特徴こそが、ウィットに富んだ軽妙洒脱な会話と、同じく、クスッと笑わせるような秘密兵器の使用の仕方にある。
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ボンドの腕時計といえばオメガ? ロジャー・ムーア時代の時計ガジェットはSEIKO!!
ピアース・ブロスナン以降のボンドと言えば腕時計は専らオメガだが、『死ぬのは奴らだ』のムーア=ボンドは、まずは『007/ゴールドフィンガー』(1964年)の時のショーン・コネリーと同じくROLEXの腕時計サブマリーナをQ課から支給されてスクリーンに登場した。
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ただし、強力マグネット内蔵のサブマリーナが威力を発揮するのは、女性の洋服の背中のジッパーを磁力で下ろす時であり、「人は変わってもすることは同じね」という女性の洒落た台詞(劇場公開時の字幕。DVDでは変わっていた)とともに、“ウィット”こそがムーア=ボンドの最大の特徴なのだと印象付けた。
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『007/黄金銃を持つ男』(1975年)からボンドの腕時計はSEIKOに代わり、これがムーア=ボンドの代名詞になるのだが、最大のヒット作『私を愛したスパイ』でのSEIKOの腕時計は、MI6からの重要指令がテプラのようなミニ・テープで打ち出されるというガジェットとなった。尤も、「至急本部に戻れ」というテープが打ち出された時のボンドは例によってベッドで美女とよろしくやっている真最中だったのだが! ……SEIKOの腕時計は『ユア・アイズ・オンリー』ではミニ・テープではなくデジタル表示されるようになったほか、無線による音声通話もできる優れものに変わり、さらに『007/オクトパシー』(1983年)では電波探知機へとバージョン・アップされた。
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『ムーンレイカー』でのSEIKOの腕時計は強力な爆薬が内蔵されていて、遠隔操作する起爆装置によって爆破させることができ、いざという時の頼れる秘密兵器として登場している。この作品では、他にも手首の動きに連動して、装填した2種類のダーツ(青酸カリを塗った殺人ダーツと、鋼鉄を突き破るダーツ)を発射できるブレスレットが命の危機からボンドを救っていた。
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他にも、ムーア=ボンドの小道具としては、『007/美しき獲物たち』(1985年)で登場した万年筆型の盗聴装置、逆に盗聴装置を探知するための機能を内蔵した電気カミソリ、クレジットカード型の万能キーなどいろいろあるが、見ていて愉しい気分にさせてくれたのは乗り物の秘密兵器だった。
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時計だけじゃない! カー・アクションもド派手に進化!!
さて、ムーア=ボンドは、初代ショーン・コネリー以降、六代目ダニエル・クレイグまでの他の全てのボンドが乗ったアストン・マーチンには乗らない。しかし、ムーア時代の『007』シリーズが車を軽視していた訳では全くない。むしろ、ムーア=ボンドの7作品といえばカー・アクションのイメージが強い。
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例えば『死ぬのは奴らだ』でJFK国際空港から乗った迎えの車の運転手が殺されて、暴走する車を後部座席から何とかハンドリングしたシーンに始まり、『黄金銃を持つ男』ではタイのバンコク郊外の河を朽ち果てた橋の残骸を使って見事飛んで渡るシーンが見どころになっていた。
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『私を愛したスパイ』では前述のロータス・エスプリが大活躍して、追ってきたヘリコプターから逃れるために海中へ突っ込むと、完全なサブマリン・カーへとトランスフォームし、狙いを定めて海上を飛ぶヘリめがけてロケット砲を発射させて仕留めるというのが目玉シーンだった。
ところが『ユア・アイズ・オンリー』では同じロータス・エスプリを待機させておいたところ、敵が無理矢理ドアをこじ開けようとすると自爆する仕掛けになっていたため、乗って逃げようとしたのに大爆発。仕方なくキャロル・ブーケが乗ってきていた小型車シトロエンで敵の追跡車とカー・チェイスする羽目になる、という辺りが期待をさせておいてわざと裏切り、茶目っ気たっぷりにウィンクでもするような“エスプリ”として利いていた。小型車というと、『オクトパシー』ではインドの街中を走るオート三輪でのカー・アクションもあった。
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ムーア=ボンドの秘密兵器はウィットに富み、“エスプリ”がキーワード!
他にも、『ムーンレイカー』では水陸両用ロータス・エスプリのパロディとして、イタリアのベニスを舞台に運河をゆったりと漕いでいくゴンドラが高速艇に早変わりし、更には底の部分が空気で膨らんで陸上用のゴンドラになった。『美しき獲物たち』では、エッフェル塔からパラシュートで逃げたグレイス・ジョーンズを追って、拝借したタクシーでパリの市街を疾走するうちに、停止用のバーを突っ切って車の上部が吹き飛ばされ、最後は車体が真っ二つになって前半分だけで走る、というマンガのようなカー・アクションが手に汗握らせる一方で、最後にはクスリと笑わせるシーンとなっていた。
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また『黄金銃を持つ男』で、追いかけていたスカラマンガ(クリストファー・リー)の車が、アタッチメントの翼を付けて飛行機に早変わりして逃げてしまった裏返しとして、『オクトパシー』では小型トレイラーの中に積んであった超小型ジェット機アクロスターでボンドが逃げる。そして曲芸飛行で見事、敵の発射したロケット砲をかわして撃退するのだが、ガス欠になって地上に降りてガソリンスタンドで給油する、というのがプレ・タイトル・シークエンスのオチだった!
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史上最多17作品に出演! デスモンド・リュウェリンが体現した大人の男の為の愉快なオモチャ!!
こういったボンドが駆使するガジェットや秘密兵器を開発・支給するのがQことブースロイド少佐で、同役をシリーズ第19作『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999年)までのうちの17作品で演じ続けたのが、故デスモンド・リュウェリンだった。ちなみに出ていないのはコネリーの最初の作品『007/ドクター・ノオ』(1962年:初公開時タイトル『007は殺しの番号』)と、ムーアの最初の作品『007/死ぬのは奴らだ』の2本だ。
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せっかく自分が開発したガジェットや秘密兵器を、やんちゃなボンドがいつでもめちゃくちゃに壊してしまうことを苦々しく思っているという設定のQだったが、その実、ボンドがQのラボを訪れると、いつでもバカバカしい秘密兵器の試作品を実験していて、あたかもボンドという子供に与えるオモチャを自分でも楽しみながら作っている趣があった。スクラップになったボンドカーを回収しては頭を抱えていたデスモンド・リュウェリンというのが、みながイメージできる彼の姿だったが、シリーズからの引退後すぐに自伝「Q」を出版し、そのサイン会の帰りに自身の運転する車で交通事故を起こし、85歳で呆気なく亡くなってしまった。まさに映画を地で行くような幕切れだった。
最後に、デスモンド・リュウェリンがその場に居合わせたら一体どんな顔をして何と言うだろうかと想像したくなるエピソードを、ひとつご紹介しよう。ロジャー・ムーアが『ムーンレイカー』の撮影を終えて、次回作『ユア・アイズ・オンリー』に取り掛かる前の1980年、20世紀フォックスと香港のゴールデン・ハーベストとの合作によるアクション・コメディ『キャノンボール』(1980年)に出演した。その出演が決まりかけていた時だったか、もう1本同作の続編への出演を依頼されたタイミングでだったかは忘れたが、ムーアはプライベートで友人ショーン・コネリーと食事をとっていて、「どうせなら2人揃って出演して、どちらも“俺が本物の007だ!”と言い張るというアイディアはどうだい?」と提案したところ、コネリーは「そいつは愉快だ!」と乗り気になったのだという。
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――2人の共演は幻に終わってしまったが、この『キャノンボール』でのロジャー・ムーアは、本家イオン・プロでの『007』シリーズでは一度も乗ることのなかったアストン・マーチンDB5に乗って颯爽と登場したのだった。
文:谷川建司
『007』シリーズはCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年7月ほか放送