時代を超えて幾度も映画化されてきた古典ホラー『透明人間』が2020年、期待の新鋭リー・ワネル監督によって再びスクリーンに復活した。恋人のモラハラに耐えかねて逃げ出した女性が、失意によって自死した恋人から財産を分与されたものの、やがて目に見えない“気配”に翻弄され、徐々に精神を蝕まれていく……というサイコ・サスペンスだ。
ねっとりした独特のカメラワークが観客の想像と恐怖を煽る!
『インシディアス 序章』(2015年)や『アップグレード』(2018年)など挑戦的な作風で知られるワネル監督による『透明人間』の新しさは、透明人間による恐怖を(精神的・肉体的な)家庭内暴力と繋げたところにある。あえてSF的な設定を排除し(たように見せて)、世界中で深刻な社会問題となっているDVを“被害者側”に立って描くことで、より多くの人にとって身近な恐怖として“体験”させることに成功している。
そんな本作で、最初に気になるのが“カメラの動き”だ。主人公セシリア(エリザベス・モス)の視点だけでなく、冒頭のシークエンスは彼女を取り巻く恐怖を表現するかのような、ねっとりとしたパンやズームイン/アウトで構成。そこから恋人エイドリアンの自殺、財産分与によってセシリアの生活に一縷の光が差すも、相変わらずカメラはいやらしく(としか例えようがない)パンしたり、部屋の一面を固定で見せたりする。まだ映画は始まったばかりだというのに、観客は“透明人間”というタイトルと主人公の置かれた状況だけで、おのずと恐怖を増幅させられてしまうのだ。
いわゆるファーストパーソン的な動きではなく、完全に客観的な視点でもなく、あくまで“セシリアが感じるエイドリアンの気配”を醸成するためのカメラの動き。中立の視点とも言えるが、ある意味突き放したような演出は安易な感情移入を許さず、寄る辺のない恐怖を与えてくる。これは観客を翻弄する効果はもちろん、透明人間に翻弄されたセシリアが周囲に「彼女は精神に異常をきたした」と思われてしまう被虐展開を盛り上げる効果も生んでいるからスゴい。
未知の恐怖とケレン味たっぷりの超現実バトルを同時に提供!
『シャザム!』(2019年)のデヴィッド・F・サンドバーグ監督が自主隔離中に製作した短編ホラー『SHADOWED』は最小限のカメラワークと照明で見事に自宅をお化け屋敷化していたが、本作は中盤に差しかかる辺りで超・直接的なシーンがおっぱじまり、その急展開に驚きつつも、これどうやって撮影してるの!? と目が釘付けになってしまうレベル。ここでは一転“透明人間視点”がフル活用されていて、例えば“見えない相手に背後を取られる”という奇妙な状況を表現する絶妙なカメラの動きには惚れ惚れする。
もちろん『アップグレード』で斬新なAIバトルを生み出したワネル監督だけに、ジャンル映画好きがグッとくるキャッチーな最新テクノロジー描写と、それを利用した超人的バトルシーンも満載。観客が「どうやったらコイツ相手に戦えるかな?」とワクワクしてしまうような映像表現と、未知の状況に対する恐怖を同時に叩き込んでくる手腕は相変わらず見事だ。
もちろん、Huluオリジナルドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』(2017年~)の大ヒットによって映画界でも引っ張りだことなった、エリザベス・モスが鬼気迫る熱演で本作のテンションを牽引しているのは間違いない。抵抗するすべを失ったか弱い女性……というイメージを植え付けておいて、最後の最後でお披露目される背筋ゾゾゾ~! な衝撃展開も、モスの演技力(と薄幸オーラ)なしでは成し得なかったはず。実力派女優の見事な演技を堪能するためにも、ぜひ劇場で“体験”してほしい傑作サイコ・サスペンスである。
『透明人間』は2020年7月10日(金)より全国ロードショー
『透明人間』
富豪で天才科学者エイドリアンの束縛された関係から逃げることの出来ないセシリアは、ある真夜中、計画的に彼の豪邸から脱出を図る。失意のエイドリアンは手首を切って自殺をし、莫大な財産の一部を彼女に残した。セシリアは彼の死を疑っていた。偶然とは思えない不可解な出来事が重なり、それはやがて、彼女の命の危険を伴う脅威となって迫る。セシリアは「見えない何か」に襲われていること証明しようとするが、徐々に正気を失っていく。
制作年: | 2020 |
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監督: | |
出演: |
2020年7月10日(金)より全国ロードショー