金粉美女に“プッシー”・ガロア……伝説だらけの『007/ゴールドフィンガー』
『007』シリーズ第3弾『007/ゴールドフィンガー』(1964年)は、多くの伝説を持つ。英国歌手シャーリー・バッシーのパンチの効いた声が響く主題歌は大ヒット。全身金粉まみれで窒息死するジル・マスターソン役のシャーリー・イートンの姿は“映画史上もっとも美しい死体”と称された一方で、女性器を指す言葉を堂々役名にしたプッシー・ガロア(オナー・ブラックマン)の登場に、世界中の映画検閲機関がざわついた。
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そして本作で演じた役柄がそのまま定着し、映画にTVにと引っ張りだことなったのがオッドジョブ役のハロルド坂田さん。重量挙げの元五輪選手にして、1975年の55歳までプロレスラーとしてリングに立ち続けた格闘家だ。
As a member of the Togo Brothers (and with others), Sakata won a number of regional pro wrestling titles. And in 1964, with his imposing 5' 10", 220 lb build, he was cast in Goldfinger as Oddjob with no previous acting experience. The role made him a movie star. #APAHM #AAPIHM pic.twitter.com/qSK0Ny10LA
— Dat Winning (@DatWinning) May 5, 2020
日系レスラー“ハロルド坂田”が演じたオッドジョブの強烈個性!!
オッドジョブはその名の通り、金塊の密輸入で荒稼ぎしているオーリック・ゴールドフィンガー(ゲルト・フレーベ)の雑用係であり忠実な下部だ。イアン・フレミングの原作では朝鮮人の設定だが、坂田さんはハワイ出身の日系アメリカ人。ボディビルダーでもあった坂田さんは178cm、104kgの体格を持ち、1949年の戦後直後の反日感情がくすぶる中でヒールレスラーとしてプロレス界に参戦。1954年には、同じくヒールで活躍していたグレート東郷の弟分・トシ東郷を名乗り、トーゴー・ブラザーズを結成。今もプロレス界ではTosh Togoの名の方が通っており、YouTubeでも日本のプロレスブームを牽引したスタン・ハンセン戦や米国で正統派レスターとして活躍したヒロ・マツダ戦で勇姿を拝むことができる。これらの試合の様子が、英国のテレビで視聴していたプロデューサーのハリー・サルツマンとガイ・ハミルトン監督の目に留まり、演技未経験ながらオッドジョブ役に抜てきされたという。
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本作でのオッドジョブの初登場シーンは、一瞬にして只者ではないことを感じさせる肉厚な左手から入る。マイアミでゴールドフィンガーの監視を任されたジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)は、カードゲームでのいかさま行為を見破る。トリックは女を使って、相手のカード情報を得るという古典的なもの。早速ボンドはその女ジル・マスターソンを懐柔し、お約束のパターンでベッドイン。リゾートホテルの一室で甘いひと時を過ごすも、ボンドはオッドジョブの空手チョップを食らって失神。その間に、ジルに金粉を塗って殺害したのがオッドジョブということになる。当時、“皮膚呼吸を妨げると死に至る”という殺害法は衝撃的だったが、実際は、人間は肺呼吸なので死ぬことはないらしい。だが、このワンシーンでジル役のイートンはセックスシンボルとして一躍、時の人となり、グラフ雑誌「LIFE」の表紙に金メイクで登場するまでに至った。影の功労者はオッドジョブと言っても過言ではない。
オッドジョブにセリフはない。会話は「ターッ!」などの擬音と不適な笑み。一見、紳士然とした風貌だが、秘技・山高帽飛ばしと、怪力という武器を持つ。山高帽の縁には刃物のように鋭いスチールが仕込まれており銅像の首を一発で切り落とす威力有り。そして怪力は、ボンド役のショーン・コネリーも「ありえない」とぼやいたと言われる、ゴルフボールまで握り潰すことができる。オッドジョブのこれらの特技は、映画前半のいかさまゴルフ対決で、ボンドにこてんぱにやられたゴールドフィンガーが「ワシを舐めるなよ」と言わんばかりに脅す場面で披露される。
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このデモンストレーションがクライマックスに効いてくる。ゴールドフィンガーが自分が所有する金の価値をあげるため、米国の金塊保管所フォート・ノックスで核爆弾を仕掛けて汚染させるという、常人の予想の斜め上を行く卑劣な「グランド・スラム計画」が実行に移された時だ。フォート・ノックス内でボンドはオッドジョブとガチンコ勝負に挑むことになるのだが、オッドジョブの威力を知っている我々はハラハラしっぱなし。案の定、山高帽がカギとなるのだが……。あえなく感電死することになるオッドジョブ。明らかに飛び散る火花を浴びており火傷必至だが、坂田さんは手を使わず、顔面から前方に倒れるという見事な最期を見せる。さすがレスラー。
強烈キャラが大当たりした坂田氏は『007』後も“破壊キャラ”で活躍!
本作出演後、坂田さんはオッドジョブを彷彿とさせる悪役で、TVシリーズ「女刑事ペパー」(1978)や映画『キラー・インパルス/殺しの日本刀』(1974年/日本未公開)に出演。また咳止め薬「Vicksフォーミュラ44」のCMにはオッドジョブそのままの姿で出演し、咳が収まらないことから暴れて器物破損させ、咳止め薬を飲んで大人しくなるというコミカルな姿を見せている。
残念ながら日本公開作は少ないのだが、“ハロルド坂田”はしばしば映画やドラマに登場する。それが、相撲界を引退した力道山がやさぐれて赤坂のバーで暴れていた時、その喧嘩を止めてプロレスに入るきっかけを作った人物として、力道山の伝説を伝える作品にお目見えするのだ(※諸説あります)。ソル・ギョング主演の日韓合作映画『力道山』(2004年)で坂田さん役を演じたのは、プロレスラーの武藤敬司。適役。
そして2020年5月、本作からもう一つ伝説が生まれた。オッドジョブの山高帽が英国BBCのお宝鑑定番組「アンティーク・ロードショー」に出品され、3万ポンド(約400万円)の鑑定額が付いたという。英国紙「ザ・ガーディアン」などによると、現在の所有者は幼少の時から007シリーズのファンであり、『ゴールドフィンガー』の劇中、ショーン・コネリー演じるボンドがアストン・マーティンを運転するシーンの代役を務めていたドライバーを義弟に持つ男性。そのドライバーは撮影の記念にとパインウッド・スタジオから山高帽を譲り受けたという。縁の部分に仕込まれていたスチールは取り除かれ、さらにオッドジョブよろしく、投げて遊んでいたそうで結構ボロボロ。それでもこの高値とは!
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坂田さんは1982年に62歳の若さで亡くなったが、ご存命であれば2020年7月1日で100歳。きっと空から、我々の狂騒をほくそ笑んで見ているに違いない。
文:中山治美
『007/ゴールドフィンガー』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年7月ほか放送