どんな理由があろと“煽り運転”は裁かれるべき悪だが、その報復行為が常軌を逸していたらどうだろうか?『ロード・インフェルノ』は「煽った相手がサイコパスでした」という、なんだか煽った側のことが少しだけ気の毒になってくる(&どこかで聞いたことがある)ドライビング・スリラーである。
もったいぶり一切ナシ! 平和な家族がクレイジー爺さんの餌食に!!
あらすじから想起されるのは、やはりスティーヴン・スピルバーグ監督の『激突!』(1971年)だろう。ごくフツーの男性が「ちんたら走ってんじゃねーよ」と何気なく追い越した大型トラックにじりじりと追い詰められ、精神的にも肉体的にもボロボロになっていく姿を描いた傑作スリラーである。しかし『ロード・インフェルノ』を観れば、そのテのスリラーとは根本的に異なる作品ということがハッキリと分かるはずだ。
『激突!』は狂気の運転手の姿を最後まで見せないことで主人公/観客の恐怖を煽ったが、なんと本作は冒頭からサイコパスおじさんがドドンと登場! まるでジョージ・A・ロメロ監督の『ザ・クレイジーズ』(1973年)から飛び出してきたかのような防護服姿の老人サイコパスが、男性サイクリストを“やべえ方法”で惨殺するのである……!(ここは本当に“やべえ”としか言いようがない)。
▶『ゾンビ』の原点! ロメロ監督の反骨精神が詰まった初期の傑作『ザ・クレイジーズ』
そんなエグいシーンから一転、住宅街のほのぼの4人家族が登場。この平和そうな一家がサイコパスのターゲットになるのか……と想像するだけで暗澹たる気持ちになるが、映画館の椅子に座ってしまった以上、その顛末を見守るしかない。ある意味ユルい拷問のようなシチュエーションではあるものの、開始から10分も経っていないのに早くもスリル満点の展開にワクワクが止まらない。ハイウェイでフラフラ運転するウザ車や猛スピードで煽ってくる高級車をチラ見せしたりして、観客の「まだ何も起こんないっしょ」という余裕をガンガン削いでくる嫌がらせ、もとい細微な演出も見事だ。
誰もが身に覚えあり? 運転中のちょっとした“煽り行為”が惨劇の引き金に!
本作の強みは、車を運転する人ならば誰もが共感できる舞台を用意したところにある。明らかに危険/不規則な運転をしている相手には“危うきに近寄らず”モードが発動するので意外とトラブルには発展しないものだが、では追い越し車線をゆっくり走っている車だったりしたらどうだろう? 正直かなりイラつくし、強引に追い抜いたり車間を詰めて煽ったりしてしまった経験のあるドライバーは少なくないはずだ。まさに本作は、そんな“誰でもやってしまいがちな行為”を発端に惨劇が始まるので、感情移入度もハンパじゃないのである。とはいえ、さすがに何の理由もなく煽ったら主人公たちに感情移入もクソもないので、家族の些細なゴタゴタという着火剤を用意してあったりする周到さだ。
そして期待通り、ノロノロ運転のバンをパパが追い抜きざまに挑発してしまい、その後のスリラー展開に必要な要素が揃う。ここで面白いのが、お話の序盤でサイコパスの老人に“情状酌量の余地”を与えているところだ。いや、それよりも家族の方に“被害者にならないチャンス”を与えていると言ったほうが適切かもしれない。しかし「パパに人並みの誠意があれば老人もキレなかっただろうに」なんて言っても時すでに遅し。車内で飛び散った小さな火花がサイコパスというガゾリンに引火し、やがて取り返しのつかない事態に発展していくのだった……。
思わずサイコパスに感情移入!? 観る者の心理を手玉に取る演出に拍手!
中盤以降、サイコパスの攻撃にパニクって冷静な判断力を失った夫婦が猛烈にウザく感じるように描くことで、感情移入の対象を逆転させてしまう演出も見事。むしろ常に冷静なサイコパスがカッコよく見えてきて、思わず「これ因果応報じゃね?」「いったん降りて助け呼べよwww」などとツッコんでしまったときの自己嫌悪感たるや……。ともあれ、その感情は予想外のホラー展開を迎える終盤で、再び(多分)覆されるのでご安心を。
「しょうもないプライドよりもマナーを守ろう」「後部座席でもちゃんとシートベルトはしよう」「謝罪のタイミングは大事」などなど啓蒙効果もあったりなかったりして、どうせ自動車教習所で観るならこういう映像作品がいいなあ~なんて思わせる、そして背筋がゾッとするラストシーン~エンドロールも最高な、とにかく学びの多い交通マナー・スリラーである。
『ロード・インフェルノ』はヒューマントラストシネマ渋谷「未体験ゾーンの映画たち2020 延長戦」で2020年7月3日(金)より公開
『ロード・インフェルノ』
ハンスとディアナ夫妻は、二人娘を連れてハンスの実家へと向かうが、準備に手間取り出発が遅れたことにハンスは腹を立てていた。遅れを取り戻すため、制限速度100キロの道で140キロ以上のスピードで車を飛ばす。そんな中、前方を走る白いバンがゆったりと走行していた。苛立つハンスは、ディアナの制止も聞かずクラクションを鳴らし車間距離を詰めてあおるように運転する。バンもさらにスピードを落として対抗してくるが、結局ハンスは車線変更をしてバンを追い抜き、その際に運転手の老人に対して挑発的なポーズを取る。溜飲が下がり、快適に車を走らせるハンスだったが、バックミラーには老人が運転する白いバンが不気味に映っていた―。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
ヒューマントラストシネマ渋谷「未体験ゾーンの映画たち2020 延長戦」で2020年7月3日(金)より公開