D・アーノルドからT・ニューマンへ『007』音楽の理想的なバトンタッチ
若きジェームズ・ボンドが“00<ダブルオー>”エージェントになる過程を描いて好評を博した『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)。製作を手掛けるイオン・プロダクションは、ドラマの質をさらに高めるため、『007/慰めの報酬』(2008年)でのマーク・フォースター監督の起用に続いて、シリーズ生誕50周年記念作品となる『007/スカイフォール』(2012年)で、アカデミー賞受賞監督サム・メンデスの招聘を決めた。
この時シリーズのファンは、同作の音楽を誰が作曲するのかにも注目していた。というのも『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年)以降、『007』シリーズの音楽はデヴィッド・アーノルドが担当していたが、メンデスは自身の監督作でトーマス・ニューマンを重用していたからである。
▶巨匠のお墨付き! テクノ系「次世代型『007』音楽」を確立した作曲家デヴィッド・アーノルド
最終的に『スカイフォール』とその続編『007/スペクター』(2015年)の音楽は、メンデスの意向に添う形でニューマンが起用されたが、アーノルドも2012年はロンドン五輪閉会式の音楽監督という大役を仰せつかっていた。そういう意味では、双方が納得できるタイミングでの音楽担当の引き継ぎだったと言えるだろう。
映画音楽の名門“ニューマン・ファミリー”きっての鬼才トーマス・ニューマン
トーマス・ニューマンは映画音楽界の重鎮アルフレッド・ニューマンを父に持ち、叔父ライオネル、兄デヴィッド、いとこのランディとジョーイも映画音楽で活躍する“ニューマン・ファミリー”の一員である。
『若草物語』と『ショーシャンクの空に』(共に1994年)でアカデミー賞作曲賞にダブルノミネートされ注目を集めたが、彼の人気を不動のものにしたのは、メンデス監督作『アメリカン・ビューティー』(1999年)だった。マレット楽器と様々なパーカッション、ダルシマーを用いたミニマルかつ実験的なニューマンのスコアは、映画音楽界に新風を吹き込んだ。これ以降、オーケストラに電子音楽とワールドミュージックの要素を組み合わせたサウンドは彼のトレードマークとなり、『ウォーリー』(2008年)や『1917 命をかけた伝令』(2019年)などでアカデミー賞に15回ノミネートされている。
ことほどさように実力は折紙つきのニューマンだったが、アクション映画への登板機会が少なく、また音楽のスタイル(在り方)がある程度決まっている『007』シリーズの中で、彼がどれぐらい自身の持ち味を出せるかは未知数だった。
ニューマンによる複雑な人間模様を表現した奥の深い音楽
かくしてシリーズのファンのもとに届けられた『スカイフォール』の音楽は、『007』シリーズにふさわしいゴージャスなオーケストラ演奏を展開させつつ、イスタンブールや上海、マカオのシーンでのエキゾティックなサウンドや、電子楽器とダルシマーを用いたミニマル/エレクトロニック・ミュージック的アプローチを融合したユニークなものに仕上がった。そしてニューマンのスコアは、『007/私を愛したスパイ』(1977年)のマーヴィン・ハムリッシュ以来35年ぶりに、同シリーズの音楽がアカデミー賞作曲賞にノミネートされるという栄誉をもたらした。
このように高い評価を受ける一方で、多くのファンに支持されたアーノルドのスコアと比べると、ニューマンのスコアはいささか“地味”という印象を持たれているところもある。続編の『スペクター』ではダークな楽曲の割合も増えており、聴き手によって好みの分かれる音楽なのかもしれない。
しかし『スペクター』での「マドレーヌのテーマ」の美しい旋律には心を奪われるし、メキシコのシーンにおけるパーカッシブな楽曲は、「死者の日」の混沌とした雰囲気を異国情緒たっぷりに表現していた。そして『ロード・トゥ・パーディション』(2002年)や『ファインディング・ニモ』(2003年)で父と子の関係を描いてきたニューマンが、『スカイフォール』では音楽を通して“母と子”の複雑な想いを描いているのだと考えると、彼のスコアに深みが増してくるのではないだろうか。
なおニューマンは主題歌の作曲には携わっていないものの、『スカイフォール』のスコア「Komodo Dragon」ではアデルの主題歌のフレーズが使われており、『スペクター』ではサム・スミスの主題歌「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」のインストゥルメンタル・バージョンを聴くことができる。
ダニエル・クレイグのジェームズ・ボンドは、アーノルド、ニューマン、そして『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2020年)のハンス・ジマーで、3人の作曲家が音楽を担当することになる。誰の音楽がクレイグ版ボンドに最もマッチしているか、是非ご自身で確かめて頂きたいと思う。
文:森本康治