怒髪天を衝く“恩仇”映画の決定版
『ゲット・イン』は、『テリトリーズ』(2010年)などの“不条理”かつ“後味悪い系”作品で知られるオリヴィエ・アブー監督による、実話を基にしたバイオレンス・スリラーだ。
教師のポールが妻クロエと幼い息子と共に2ヶ月のバカンスから帰ってみると、なんと使用人夫婦に家を乗っ取られていたものだからさあ大変。当然ポール一家は立ち退きを求めるものの、うかつにサインしてしまった書類のせいで自宅は正式に使用人の所有物になってしまっていた。
はじめは真っ当な手続きを踏んで裁判で家を取り戻そうとするも、複雑な法律の壁に阻まれて言い分は聞き入れられない。焦りと怒りで冷静さを失ったポールは、やがて“超えてはいけない一線”に足を踏み入れてしまう。しかもその争いは、残虐さを極めた惨劇へと発展していき……。
親切心で使用人夫婦に無償で貸した家を占拠される怒りは察するに余りあるが、これが実話ベースというから驚きである。どうやら南仏で年金暮らしをしていた夫婦が、家賃未払いで住まいを立ち退かされた隣人に家を貸したところ締め出されてしまった、という2013年の事件をベースにしている模様。ただし、こちらの件は3ヶ月間の法廷争いの末に無事マイホームを取り戻したそうなので、本作の後半はフィクションということになる(ちょっと安心!)。
溜めて溜めて……からの暴力炸裂! とにかく不条理すぎて怖い!!
本作は、温厚なインテリ人間だったはずのポールが徐々に“力”に取り憑かれていく様子が絶妙なさじ加減で描かれていて、クロエとの仲もズタボロになっていく序盤~中盤までのヒリヒリとしたサスペンス展開が秀逸。また、人種的な偏見や法律の矛盾、目に見えない社会的な抑圧など現実世界の問題が全体的にまぶしてあり、ポールたちの行動原理にも説得力が生まれている。
絶望に飲み込まれる法廷闘争や過激な嫌がらせ行為など、精神的にギリギリの攻防を見せる中盤から一転、終盤は“不条理な暴力”にハンドルを切って怒涛のバイオレンス展開になだれ込んでいく。演出が少々オーバーな気もするが、実際なにかしらの闇に“堕ちていく”人の目に映るのは、こんなケバケバしい光景なのかもしれない。「はい、いまキレました!」みたいな単純な描写がないのも、逆に狂気をリアルに感じさせてくれる。
不条理で後味の悪い作品ばかり手掛けてきたアブー監督の精神状態がちょっと心配だったが、本作は「そりゃそうなるよね!」と思わず笑ってしまう本能丸出しのラストシーンに少し救われる。ともあれ、このままこの道を突き進んでいけば映画界を代表する“胸クソ不条理”系の大家になってくれるのではないかという期待も膨らむ、アブー監督の次回作にも期待したい。
『ゲット・イン』はヒューマントラストシネマ渋谷「未体験ゾーンの映画たち2020 延長戦」で2020年6月26日(金)より公開
『ゲット・イン』
バカンス中に使用人に家を占拠されたポール。立ち退きは困難に陥り、友人に引き込まれた争いは残虐さを極めた惨劇へと発展してゆく。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
ヒューマントラストシネマ渋谷「未体験ゾーンの映画たち2020 延長戦」で2020年6月26日(金)より公開