あのスコセッシも絶賛する韓国の新鋭監督による衝撃作ついに公開!
ぼくの2020年暫定ベスト5に入る『スウィング・キッズ』(2018年)を見た新宿の映画館で予告が流れて気になっていたのが、マーティン・スコセッシも絶賛する『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』(2013年)のイ・スジン監督による最新作『悪の偶像』。『パラサイト 半地下の家族』(2019年)にも通ずる、幾重にも展開する演出があるってことで、とっても楽しみにしていたわけです。
本作は、知事選挙の最有力候補である市議会議員ミョンフェ(ハン・ソッキュ)の息子ヨハンが、飲酒運転により人を轢き殺してしまい、政治家人生の危機に立つところから始まる。ヨハンが殺人や死体遺棄の重罪で告訴されるのを逃れるため、また自身のクリーンなイメージを汚さないため密かに事件を揉み消そうとするが、被害者だけだと思っていた現場には妻のリョナ(チョン・ウヒ)が居合わせていて、現在は行方不明であることが判明。一方、被害者の父親ジュンシク(ソル・ギョング)は、リョナが息子との子を妊娠しているかもしれないと知り、彼女を追う。それぞれ別のルートから消えた目撃者を捜索するが……というストーリーです。
加害者側と被害者側に共通する“偶像”への執着がドラマを呼ぶ緊迫のノワール
“加害者の父”は自身の業(罪を犯したこと)から逃れることはできず、本当に欲しいものを寸でのところで手に入れられない。手に入れたと思っているだけで、作中で描かれているのは偶像≒知事になる自分だけなんです。
うまくいっていたのは、冒頭で息子が事故を起こしたと連絡が来る前に、自身が空港で人とぶつかりそうになったのを避けられたことだけ! これ、めっちゃ良い前振りだなと思いました。息子のひき逃げ事件まではうまくやってきた人なんだな、というのがよくわかるんです。
そういうことって日常でも全然あって、物事を円滑に進めるために嘘つをいたり、ズルしちゃったりすることってあると思うんですよ。でも、そういう時ってやっぱうまくいかなかったり、うまくいっても心のどこかに後ろめたさみたいなものがあって。友達からのご飯の誘いを受けて、何もないのに適当に理由をつけて「ごめん今日仕事だ!」って嘘ついて、後から「あれ多分バレてるよな。申し訳ないなあ」みたいな。素直に「今日は家でゆっくりしたい」が言えない感じ。むちゃくちゃスケールの小さい話になってしまってすみません。物事の大小に関わらず、罪悪感はきちんとあるよねってことでした。
かたや“被害者の父”は息子を亡くしてから、ずっと偶像≒息子を追いかけている。4歳の知能 で止まってしまった20代の息子を亡くし、もう存在しないとわかっていながらも、小さな希望を追う。その執着がまた、大事なものを奪われた人の視野の狭さをわかりやすく表している。結局、お互い形のないものに囚われてるんですよね。見えないけれど、お互いの人生にとって必要なものを。
幾重にも織り込まれたギミックから飛び出す衝撃の事実に驚愕
理想から来る欲望と、憎しみから来る欲望が、きっかけは違えど同じ欲というものに溺れていって、思いやりや優しさを見失い、負のスパイラルに陥る。そんな彼らの心情はライティングにも表れていて、ガレージで死体を発見したときのミョンフェに当たる光から始まり、廃墟のガソリンスタンドでのシーンなど、目からの情報だけで彼らの心情がわかる。これを受け手側に自然と意識させるの、なかなか難しいとこだとは思うんです。
そんな幾重にも重なるギミックに呆気にとられて迎えるラストでは、脱力するくらいの事実が明らかになる。世の中には理解しがたい事件がそこかしこにあって、犯人のパーソナリティーが責められがちだけれど、もちろんしたことに対して相応の罰があるのは当然として、そんな人を産み出した社会全体の問題として捉えて変えなきゃいけないんではないかなと、そんなことを観賞後に考えてしまいました。
文:巽啓伍(never young beach)
『悪の偶像』は2020年6月26日(金)よりシネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開
『悪の偶像』
来る知事選挙での勝利が有力視されている市議会議員ミョンフェの息子ヨハンが、ある夜、飲酒運転中に人をひき殺してしまう。政治家人生の危機に直面したミョンフェは、ヨハンが殺人や死体遺棄の重罪で告訴されるのを免れるために、そして自らのクリーンなイメージを守るために、密かに揉み消し工作を実行する。ところが、被害者の新妻であるリョナという女性が事故現場に居合わせ、今は行方不明になっていることが判明。不都合な事実が明るみに出るのを恐れたミョンフェは、裏社会の探偵を雇ってリョナを見つけ出そうとする。一方、小さな工具店を営む被害者の父ジュンシクは、リョナが今は亡き息子の子供かもしれない子を妊娠していると知り、何としても彼女を捜し出すことを心に誓う。かくして別のルートで“消えた目撃者”の行方を追うふたりの父親は、耐えがたい葛藤に胸を引き裂かれながら、後戻りできない“罪”の闇に足を踏み入れていくのだった……。
制作年: | 2019 |
---|---|
監督: | |
出演: |
2020年6月26日(金)よりシネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開