アルモドバル最新作でバンデラスが初のカンヌ男優賞獲得!
現代スペインを代表する映画監督ペドロ・アルモドバルが、自分自身と重なるような「世界的巨匠」の人生を描いた『ペイン・アンド・グローリー』。主人公を演じるのは、かつてアルモドバルと共に世界に羽ばたいたアントニオ・バンデラス。生命力あふれる野性的な色気でスターになった彼が、ここでは歳を重ねて枯れた魅力を振りまく。彼が第72回カンヌ国際映画祭男優賞に輝き、また第92回アカデミー賞にノミネートされたことでも注目の作品だ。
映画監督のサルバドール(アントニオ・バンデラス)は老境に入り、心身共に疲弊して新しい仕事に取り掛かることができないでいる。世界的に成功を収め、スタイリッシュな住居で美しい絵画や装飾品に囲まれてひとり暮らしているのだが、体調は悪いしどうにも憂鬱だ。そんなある日、シネマテークで32年前の出世作の特別上映が決まり、舞台挨拶への出演を依頼された彼は、演技をめぐって喧嘩別れしたままだった主演俳優アルベルト(アシエル・エチェアンディア)との再会を果たす。なんとか和解したふたりだが、すぐに人生を立て直せるわけではない。
サルバドールは体の痛みとヘロイン依存に引きずられながら、貧しいけれど発見に満ちていた少年時代、性の目覚めや若き日の恋を回想する。そうしているうちに思いがけない出会いが導かれ、彼の人生はふたたび動きはじめるのだった。現在のドタバタに少年時代の回想が挿入され、物語は気まぐれに、まったくの偶然によって進行する。文章だったらもっと論理的な整合性や説明を求められそうな展開も、目の保養になるものが画面を埋めているから許されるのは映画ならではだ。
巨匠が描く色鮮やかな郷愁のスペイン! “新人”アルモドバルの今後にも期待
いちいちおしゃれなお洋服とインテリア、鄙びたバレンシアの村の風景、人に迷惑をかけまくるけれど愛嬌たっぷりのおじさんたち、どっしりと構える年老いた女、うっとりするような美女(ペネロペ・クルスが少年時代のサルバドールの母親を演じている)、ハンサムな青年、かわいらしい子ども……。人生の終章にさしかかった男がじたばたする話だが、どこかのんきで明るい。せせこましい現代日本の日常をしばし忘れて、色あざやかなアルモドバルのスペインに浸ることができる。
とりわけ現在のサルバドールが住むマドリードの家のインテリアや調度品は、「稼ぎはこの家と絵につぎ込んだ」とセリフで言うだけあって、まるでモード誌のグラビアのような完成度。ブルーのタイルの壁に赤い棚のキッチン、かわいくて胸が苦しい。思い出の中の「貧しい洞窟暮らし」も、現実は不便でつらいことが多かったのだろうけれど、映像に収まると十分おしゃれに感じられる。川で女たちが歌いながら洗濯をする日常も、豊かなものに見えてしまう(絶対に重労働なのに)。
70年代末にようやく民主化されたスペインの苦難の歴史を思うと、「過去の美化には要注意だぞ」と警戒心もわいてくるけれど、自分からは距離があるからか、そもそも作りものっぽいからか、わりと穏やかな気持ちで目の前のきれいな追憶に身を任せることができた。日本の映画やドラマの「貧しくても心が豊かだった昭和」みたいな表現には、たいてい「んなわけないだろ! 」とハラハラしたり頭にきたりしてしまうのだけれど……。
アルモドバルは今年69歳、バンデラスは60歳。イーストウッド90歳、スコセッシ77歳が現役の映画界にあっては、「老人映画」の新人だ。長く作品を撮り続けてきたから、人前に姿を晒し続けてきたからこそ育まれた観客との親密な距離感がある。彼らがこの先もっと大胆にユニークな映画を作り続けてくれたらいいな、と期待が膨らんでくる。たとえば自分がこの先まだ何十年か生きられるのなら、そのときは老いたペネロペ・クルスがワガママを言いまくるような映画で爆笑したり、できたらいいなあと思うのだ。
文:野中モモ
『ペイン・アンド・グローリー』は2020年6月19日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー
『ペイン・アンド・グローリー』
脊椎の痛みから生きがいを見出せなくなった世界的映画監督サルバドールは、心身ともに疲れ、引退同然の生活を余儀なくされていた。そんななか、昔の自分をよく回想するようになる。子供時代と母親、その頃移り住んだバレンシアの村での出来事、マドリッドでの恋と破局。その痛みは今も消えることなく残っていた。そんなとき32年前に撮った作品の上映依頼が届く。思わぬ再会が心を閉ざしていた彼を過去へと翻らせる。そして記憶のたどり着いた先には……。
制作年: | 2019 |
---|---|
監督: | |
出演: |
2020年6月19日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー