『ダーティハリー』の後を継ぐのはチャーリー・シーン……のハズだった!?
いまやハリウッドのみならず、世界映画界を代表する巨匠にして生けるレジェンドとなった感のあるクリント・イーストウッド。2020年5月31日には90歳=卒寿を迎え、出演作71本、監督作41本(テレビ作品含む)を数えるが、そのフィルモグラフィの中で誰も語りたがらない、あるいはファンですらそんな映画があったことを忘れている可能性が高い3本を挙げるとすれば、『シティヒート』(1984年)、『ピンク・キャデラック』(1989年)、そして『ルーキー』(1990年)だろう。
『ペンチャー・ワゴン』(1969年)を忘れてないかって? あれはイーストウッドの唄も聞けるキッチュな西部劇ミュージカルとして貴重性があるので除外しておく(イタリアなどではミュージカル場面をカットして公開されたらしい)。
さて、『シティヒート』と『ピンク・キャデラック』のことは小生もすっかり記憶にないので置いておくとして、『ルーキー』を忘れちゃいけない。『ルーキー』はクリント・イーストウッドのフィルモグラフィの中でもかなり重要な位置を占める作品なのだ。
イーストウッドが監督・主演を務め、共演は、『プラトーン』(1986年)、『ウォール街』(1987年)、『ヤングガン』(1988年)、『メジャーリーグ』(1989年)と大ヒット作に連続出演、ハリウッド若手スターの中でも飛ぶ鳥を落とす勢いでトップを走っていたチャーリー・シーン。シーンが降板したおかげで、トム・クルーズが『7月4日に生まれて』(1989年)の役を得たくらいだから、はっきりいって当時はトムより格上だった。
ロサンゼルス警察の盗難車課のベテラン刑事、ニック・パロヴスキー(イーストウッド)は捜査中に相棒を殺され、ルーキー刑事デヴィッド・アッカーマン(シーン)の教育係になる。ニックは勝手に盗聴捜査までして盗難組織のボス(ラウル・ジュリア)を追いつめるが、デヴィッドの失敗で逆に捕えられ、警察に身代金を要求されてしまう。恋人(ララ・フリン・ボイル)までも殺し屋に襲われ、ニック誘拐の責任を感じつつ自らのトラウマを吹っ切ったデヴィッドは、躊躇なく放火・殺人に手を染める「ダーティ」を越えた「凶悪」刑事となって暴走する……。
『ダイ・ハード』『リーサル・ウェポン』にケンカを売った派手なアクション!
『ルーキー』はお話だけを追えば、どこかで聞いたことのあるようなバディもの刑事アクションだ。10年後にはデンゼル・ワシントンとイーサン・ホークの師弟刑事物『トレーニング デイ』(2001年)もあった。しかし、本作にはイーストウッド映画には珍しい“小ネタ”が満載されていて、イーストウッド信者だけでなくマニアックな映画ファンも楽しませてくれる。
まず、脚本がいかにもハリウッド的なウィットに富んだ会話で成り立っている。「バッジがさかさま」「火あるか?」「背中に張り紙」など、同じシチュエーションがくり返されるのは往年のハリウッド映画の定石だ。「チーチ&チョンじゃないぞ」みたいな芸能ネタも飛び出す(字幕では訳されていないが)。
そもそも80年代後半はハリウッドで第二次刑事アクション・ブームが巻き起こった時期だった(第一次は『ダーティーハリー』の頃、1970年前後か)。ブルース・ウィリスは『ダイ・ハード』(1988年)で単身敵と戦い、『リーサル・ウェポン』(1987年)『リーサル・ウェポン2/炎の約束』(1989年)でメル・ギブソン&ダニー・グローヴァーのコンビが一世を風靡した。
刑事ではないが、デニス・ホッパー監督によるLA警察物『カラーズ/天使の消えた街』(1988年)も、ロバート・デュヴァルとショーン・ペンが警官師弟コンビを演じ、全米興行1位を記録する大ヒット作となった。
『ルーキー』には、『ダーティーハリー』はもちろん、これらすべて(当時の刑事・警察アクション物)の要素がすべてぶち込まれている感がある。
まず、『リーサル・ウェポン』『ダイ・ハード』を意識しているのは明らかとしか思えない、冒頭に展開するフリーウェイでのド派手なカーチェイス場面や後半のビル大爆破だ。いつもシンプルであっさりとしたアクションが多いイーストウッド映画の中で、おそらくもっとも派手なアクション・シーンだろう。『ダイ・ハード』や『リーサル・ウェポン』にケンカを売ったとしか思えないスケールと迫力だ。クレジットにはスタントマン100人ぐらいの名が連なる。CGではないのも感慨深い。
ちなみにイーストウッド演じるニックは自動拳銃スミス&ウェッソン4506を撃ちまくるが、その扱いや動作はまるでマグナム44を握ったダーティハリーそっくり。そして、クライマックスの空港での追跡場面では、スミス&ウェッソン・モデル29、つまりハリーと同じ44マグナムで復讐の銃弾をぶち込む。
ヒッチコック、キューブリックから自作やデヴィッド・リンチまで小ネタ満載!
空港の滑走路で敵を追いつめる場面は、ハリー同様サンフランシスコ警察の刑事をスティーヴ・マックィーンがクールに演じた『ブリット』(1968年)とそっくりだ。そして、地面に札束が舞う場面を見れば、映画ファンなら誰もがスタンリー・キューブリックの傑作『現金に体を張れ』(1956年)を思い浮かべるだろう。
さらに、イーストウッドが女殺し屋(ソニア・ブラガ)に手足を縛られたまま犯されるのは、『白い肌の異常な夜』(1971年)じゃないか(こんな場面を自作自演するイーストウッドの気が知れないが)。また、ルーキー刑事が弟を転落死させたトラウマに悩んでいる設定は、なんだかヒッチコック映画みたいだ。
ところで、イーストウッド演じるベテラン刑事は、常に葉巻をふかしているか、手でもてあそんでいる。禁煙の高級レストランでもお構いなしだ。実は、クリント・イーストウッドはイタリアで「イル・シガリーロ(葉巻の男)」と呼ばれていた。出世作となった『荒野の用心棒』(1964年)をはじめとするセルジオ・レオーネとのマカロニ・ウエスタン三部作(『夕陽のガンマン』[1965年]『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』[1966年])の大ヒットで、イタリアはもちろん日本を含む世界中の男の子たちの部屋には、苦みばしった顔で葉巻をくわえたイーストウッドのポスターが飾られていたのだ。が、実はイーストウッドは葉巻が嫌いで、レオーネにも葉巻を吸う場面をなくしてくれと頼んでいたという。
それなのに、イーストウッドは『ルーキー』で葉巻を手放さない。これは前作『ホワイトハンター ブラックハート』(1990年)で演じたジョン・ヒューストンがモデルの映画監督が、同じく葉巻を常に手にしていたこともあるかもしれない。が、実は前年(1989年)にセルジオ・レオーネが60歳で夭逝していたのだ。レオーネはイーストウッドとわずか1歳しか違わなかった。けっして仲が良かったとは思えないふたりだが、イーストウッドにも何か想う部分もあったのだろう。還暦を迎えたイーストウッドは、レオーネの死の直後に作った2作品で久々に(嫌いなはずの)葉巻を愛好する主人公を演じ、続く西部劇『許されざる者』(1992年)に「セルジオ(レオーネ)とドン(シーゲル)に捧ぐ」とクレジットすることになる(ドン・シーゲルは1991年に亡くなった)。
『ルーキー』には、ほかにも面白い部分が山ほどあるが、誰も気にしていないだろうネタを一つ。チャーリー・シーン演じる「ルーキー刑事」が、いつもドーナツを箱ごと買ってきて食べてるのに、ベテラン刑事イーストウッドがイライラして車の窓からドーナツを箱ごと投げ捨ててしまう場面がある。「ルーキー刑事」シーンの恋人を演じたのはララ・フリン・ボイル。デヴィッド・リンチのテレビシリーズ『ツイン・ピークス』(1990~1991年)で注目されたクールビューティだ。お、これはもしかしてリンチがイーストウッドのマネをしていたのか? と思ったのだが、製作時期を調べてみると意外な事実がわかった。
『ルーキー』の撮影は1990年の4月から7月。『ツイン・ピークス』の第1回放送は、なんと1990年4月8日だったのだ! これは、どう考えてもイーストウッドのほうが、当時全米で話題になっていた(自分がキャスティングした女優も出ている)『ツイン・ピークス』を知り、「ドーナツばかり食べて全然事件を解決できない若造のFBI捜査官」(演じたのはカイル・マクラクラン)に鉄槌を下したのではないかと思われる(笑)。脚本には書いていなくとも、助監督をドーナツショップに走らせれば簡単に撮影できるしね。
また、ララ・フリン・ボイルがテレビのチャンネルを替えると一瞬映るのは『世紀の怪物・タランチュラの襲撃』(1955年)のワンシーン。イーストウッドがユニバーサル映画での“ルーキー”時代に出演したB級SF映画だ。
「やりたいことを全部やって、後輩に仕事を譲るとしようか。これで俺も刑事映画から卒業できる。チャーリーにはハリーを越えたダーティ刑事になってもらって後を任せよう。ついでに派手なアクションもテンコ盛りだ。誰にも文句は言わせないぞ」
こんな感じで、イーストウッドは思いきり肩の力を抜いて『ルーキー』を作っていたことが想像できる。なにしろ撮影期間中、イーストウッドは1週間休んでフランスへ飛び、前作『ホワイトハンター ブラックハート』がコンペティション部門に出品されたカンヌ国際映画祭に出席している。ハリウッド映画が撮影を1日休むと数千万円が吹っ飛ぶといわれているが、この一見ワガママな行動も、おそらく事前に織り込み済みだったのだろう。イーストウッド不在の間、盟友である第2班監督バディ・ヴァン・ホーン(イーストウッドのスタントダブルから出世し『ダーティハリー5』[1988年]『ピンク・キャデラック』(1989年)などを監督)がド派手なアクション場面を撮っていたと予想される。
『ルーキー』でケジメをつけ、晴れてオスカー監督へ
『ルーキー』は1990年12月に米国で公開され、全米No.1ヒットを記録した。同じワーナー・ブラザース系の大ヒット作『リーサル・ウェポン』『カラーズ/天使の消えた街』に後れを取ることなく、見事イーストウッドはヒットメイカーとしての面目を保ったわけだ。以降、イーストウッドは刑事アクション映画を一本も作っていない(『ブラッド・ワーク』[2002年]はまるで『ダーティハリー』シリーズになりそうな話だが、役柄は刑事ではなく元FBI心理分析官)。
ただし、イーストウッドからダーティ刑事二代目に指名されたチャーリー・シーンは、残念ながらドラッグ問題や発砲事件など素行の悪さが災いして(『ルーキー』撮影中も問題があったという)、急速にスターダムから転落。「ルーキー2」あるいは「ダーティアッカーマン」が作られることはなかった……。
一方、『ルーキー』で、自らのキャリアを含むすべてのハリウッド映画&刑事アクションにケジメをつけたクリント・イーストウッドは、『許されざる者』に取りかかる。言わずと知れたアカデミー作品賞・監督賞を受賞する名作だ。『許されざる者』が公開されるのは『ルーキー』から1年半以上も経った1992年8月だった。早撮り&多作で知られ、年に2本監督作が公開されることもあるイーストウッドにしては珍しい製作ペースだ。『許されざる者』は撮影期間約4ヶ月、編集・仕上げに9ヶ月も要したにもかかわらず、『ペイルライダー』(1985年)、『バード』(1988年)、『ホワイトハンター ブラックハート』がパルム・ドール候補となったカンヌ国際映画祭にも(時期的に可能だったはずなのに)出品されていない。
1970~1980年代にかけてのクリント・イーストウッド監督作は、『恐怖のメロディ』(1971年)、『センチメンタル・アドベンチャー』(1982年)、『ホワイトハンター ブラックハート』といった作家性の高い地味な作品と、『アイガー・サンクション』(1975年)、『ガントレット』(1977年)、『ダーティハリー4』(1983年)などハリウッド・アクション大作に二分され、かつほとんど交互に製作されていた。これは、別に監督イーストウッドの“作家性”などではなく、マルパソ・プロダクション社長にして、大スターであり映画監督でもあるクリント・イーストウッドのお家の事情であり、処世術だったようだ。
『愛のそよ風』(1973年)のような地味でヒットしない映画ばかり作り続けるのは製作会社として無理がある。しかし、ハリウッドの大スタジオ(映画会社)は『ダーティハリー』(1971年)以降、同じようなアクション物ばかりを要求する。なんなら毎年「ダーティハリー」を作らせたい魂胆だ。だったら、たまには自分で「アクション物」も撮り、ときどき「地味な作品」も撮らせてもらおうじゃないか。不要不急の撮り直しはしないので、イーストウッド組の撮影は早い・安い・上手いの三拍子が揃っている。なんならサル(オランウータン)と共演して『ダーティファイター』(1978年)みたいなコメディ・アクションも作ってもいいさ(ちなみに『ダーティファイター』の原題『Every Which Way but Loose』は「何をやってもうまくいかない」という意味)。
ハリウッドの荒波を乗り越え“正義についての映画”を撮り続ける
そんなイーストウッド流ハリウッド処世術の一環として、1988年に『ダーティハリー5』に主演する代わりに、自分が出演しないジャズ映画『バード』を作るチャンスが与えられ、次いで1990年には『ホワイトハンター ブラックハート』と『ルーキー』が生まれたわけだ。
『ホワイトハンター ブラックハート』は、名作『アフリカの女王』(1951年)撮影時のジョン・ヒューストン監督をイーストウッドが演じ、監督するという話題作ではあったが、肝心のアフリカでの狩猟場面も映画の撮影場面もほとんど出てこない地味で異色の作家映画だった。終始、葉巻を手放さずに大監督を演じたイーストウッドは最後のカットで、ようやく「シュート」と言う。「シュート」には「銃を射つ」と「撮影する」の二重の意味がある。
そのセリフに呼応するように、イーストウッドはハリウッドのために一大商業映画『ルーキー』を撮り上げる。そして同時に、自分を大スターにしてくれた「刑事」を“射った”のだ。出世作『荒野の用心棒』で自分のトレードマークとなってしまった、大嫌いな“葉巻”をくゆらせながら……。
若い頃、ライフガードを務めていたほど水泳が得意だったクリント・イーストウッドは、そんな「人気スター」と「映画監督」を天秤にかけながらハリウッドの映画界を泳ぎ続けてきた。そして、『ルーキー』で“プール”を上がったのだ。『許されざる者』以降、イーストウッドは無理して刑事映画に出ることなく、常に撮りたい映画、“正義についての映画”だけを撮り続けている。
文:セルジオ石熊
『ルーキー』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年5月放送
『ルーキー』
LA市警の新人警官デヴィッドは自動車盗難課に配属され、ベテラン刑事ニックとコンビを組まされる。荒っぽい捜査で有名な彼は、相棒を殺した自動車窃盗団のボス、ストロムを追っていた。経験不足のデヴィッドに、無言で捜査のイロハを示すニック。2人はストロムを追ってカジノに乗り込むが……。
制作年: | 1990 |
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監督: | |
出演: |
CS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年5月放送