日本で見られるオンライン配信のインド映画のうち、南インドの作品はそれほど多くはないのですが、その中で文句なしの傑作と言えるタミル語映画『尋問』(2015年)をご紹介します。部分的に実話に基づき、警察の腐敗の告発というテーマ性を持ちますが、スリラーとしての盛り上げが巧みで、迫りくる死の足音に怯える人間の絶望的なあがきの迫真描写に金縛りになります。
Wunderbar films #visaaranai (interrogation) is now on Netflix. pic.twitter.com/NlmzlsSte0
— Dhanush (@dhanushkraja) December 4, 2016
極貧の出稼ぎ者に着せられる無実の罪……!
主人公のパーンディはタミル・ナードゥ州南部の出身でありながら、アーンドラ・プラデーシュ州グントゥール地方の田舎町で働く出稼ぎ労働者。ダリト(※)で極貧の彼は、似たような境遇のタミル人の若者3人と共に公園で寝泊まりして何年も暮らしています。土地の言葉であるテルグ語は、何とか聞き取れるものの喋ることはできません。ある日彼ら4人は、理由も告げられず警察署に引き立てられます。
※不可触民と呼ばれるインドのカースト制度に“属さない”最下位の身分
それから数日間、有無を言わせぬ殴打を警官たちから受け続け、高級官僚の家での強盗という身に覚えのない犯罪を犯したと自白させられます。上層部からのプレッシャーで警察は早々にこの事件を解決したことにしなければならないのです。罪を認める証言をすれば2カ月で出所させるという約束で、4人は裁判所に出廷しますが、そこでたまたま別件で訪れていたタミル人警官ムットゥヴェールに出会い、助けを求めます。絶望の淵での希望の光に見えたムットゥヴェールの登場は、しかし実際にはさらなる地獄への入り口でした。
この後、舞台はタミル・ナードゥ州の州都チェンナイに移ります。そして全編を通して、自白の強要と捏造、容疑者に対してカジュアルに振るわれる暴力、エンカウンターという警察の闇を炙り出していきます。
First look #visaaranai #vetrimaaran #dinesh #kani #kishore pic.twitter.com/eByD7Ysr7R
— G.V.Prakash Kumar (@gvprakash) December 17, 2014
戦慄のメソッド「エンカウンター」とは?
「エンカウンター」(encounter)とは、いわゆるインド英語で、現行犯または逃亡中の、あるいはアジトに潜み攻撃してくる可能性のある犯罪者を、警官が自衛のために射殺することをいいます。1990年代のムンバイでギャングの手入れの際に多発した頃から、こう呼ばれるようになったそうです。さらに、こうした状況を偽装して、実際には武器を持たない無抵抗の容疑者を射殺してしまうこともあり、これを「フェイク・エンカウンター」(偽装エンカウンター)と称しますが、あまりにも頻繁に起きるので、いつの間にか「フェイク」をつけなくても「警官による超法規的な処刑」の意味で使われるようになりました。
ごく最近でも、2019年末にテランガーナ州ハイダラーバードで起きた集団レイプ殺人の容疑者4人が、逮捕後に現場検証のため午前3時半に連れていかれた郊外で、逃亡・襲撃を図ったとして全員が射殺されるという、限りなく疑わしい事件がありました。一部マスメディアはこれに対して疑義を表明しましたが、一般市民には警察に対して大喝采を送った人も多かったのです。
エンカウンターは映画作品の中に多く現われます。容疑者からの攻撃があったことを示すために、警官の側がわざと軽傷を負うのが約束のようです。日本で何らかの形で上映・配信された作品の中では、『ダバング 大胆不敵』(2010年)、『ライース』(2017年:Netflixで配信中)、『ヴィクラムとヴェーダ』(2017年)、『キケンな誘拐』(2013年)などでエンカウンターが描かれていました。インドの大衆映画の中でエンカウンターを行う警官は、多くの場合は英雄的に描かれます。そうではない場合も、正面から批判するというよりは「そういうもの」として描かれるのが戦慄なのです。
胸に迫る悲劇を描く! タミル・ニューウェーブの存在感
「歌って踊って大暴れ」の印象を持たれがちなタミル語映画ですが、その懐はかなり深く、2005年ごろから現われはじめ、タミル・ニューウェーブと総称されるようになった作品群には特に要注目です。ほとんどが非スターキャストの低予算作品で、監督が主導しますが、いわゆる芸術映画とは明らかに風合いが異なり、一般観客を想定して製作されるオルターナティブ映画です。
初期には多くが田舎を舞台として、因習とむき出しの暴力からなる風土を描きました。少し経ってから現われた都会が舞台のものでは、下町や郊外の汚濁や寂寥を描き、いずれもざらついた手触りのリアリスティックな映像が特徴です。一方で、芸術映画とは異なり、劇中歌を排除することはなく、瑞々しいリリシズムを湛えた名曲もニューウェーブ作品からたくさん生まれました。悲劇的なストーリーも多いのですが、その悲劇のスケールが並大抵ではありません。無力な主人公に対して運命の振り下ろす刃が、現代の卑小な日常からは余りにもかけ離れたものなので、古典悲劇を見ているかのような気にさせるのです。そのあたり、『尋問』を最後まで観れば実感できるものと思います。
文:安宅直子
『尋問』はNetflixで配信中
『尋問』
インド南東部の警察では、4人のタミル人労働者を犯罪者に仕立て上げるための拷問が続いていた……。実際の事件を基に、政府や警察の腐敗を浮き彫りにした衝撃の物語。
制作年: | 2015 |
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監督: | |
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