シリーズ史上トップクラスの大ヒット作!『007/スペクター』
ダニエル・クレイグのジェームズ・ボンドは、2006年の『007/カジノ・ロワイヤル』からスタートし、これまで4作が公開された(5作目『ノー・タイム・トゥー・ダイ』が最終作)。2012年のロンドン五輪では開会式でエリザベス女王とともに登場。それほど映画を観ていない世界中の人々にも、ダニエルは自分がボンドであることを示したのである。
4作目の『007/スペクター』(2015年)は日本でもお正月映画の目玉として公開され、30億円近い興行収入を挙げ、衰えぬ人気を証明した。2020年現在、この『スペクター』のダニエル・クレイグが、ファンには直近のボンドの姿として記憶にやきついている。
タイトルの『スペクター』とはシリーズ初期に何度も登場した、『007』ファンにはおなじみの組織の名称。その「スペクター」がボンドの前に立ちはだかるわけだが、組織の首領ブロフェルドが登場するなど、過去の作品へのオマージュもたっぷり込められている。オスカー2度受賞の曲者俳優、クリストフ・ヴァルツのブロフェルドはハマり役だ。
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凶悪犯の始末に成功するボンドだが、MI6の上司Mから職務停止を言い渡される。密かに活動を続けるボンドが自分を執拗に追う恐るべき悪の組織に対峙する……という物語だ。ローマやオーストリア、モロッコ、ロンドンなど今回も世界各地が舞台となり、超高速のカーチェイス、雪山を飛行機が滑走するなど、期待以上のド派手アクションが繰り広げられていく。
シリーズの精神とクレイグ=ボンドのワイルドな魅力が完全に一体化したと言っていい『スペクター』。多くの観客の心を一気につかんだのが、冒頭のメキシコシティのシーンだったのは間違いない。
エキストラ1500人! メキシコの観光地を超大規模ロケのために完全封鎖
メキシコの有名な年中行事、「死者の日」のパレードにまぎれこんだジェームズ・ボンド。現地の美女とともに部屋に入り、ロマンチックなムードになるも宿敵との激しい攻防に急転、建物の屋根を駆け巡る。その5分半ほどのシークエンスをワンカットで見せきる演出に、誰もが息をのんだはず(実際にはワンカットではなく、うまくつないでいるのだが)。本作のサム・メンデス監督は、この次に手掛けた作品『1917 命をかけた伝令』(2019年)では全編ワンカット(に見える)映像に挑んだほどだ。
この後、ボンドの乗り込んだヘリコプターが大旋回するなど、メキシコシティを舞台にノンストップで興奮させるシーンが続くのだが、現地ロケの醍醐味を感じさせるのが、いかにも『007』シリーズらしい。死者の日のパレードやヘリの旋回シーンの撮影が行われたのは、メキシコシティの「ソカロ」周辺。大統領の執務室もある宮殿に囲まれた場所で、正式名称は「憲法広場」。日本でいえば、渋谷のスクランブル交差点のような観光のランドマークで、政治と宗教の中心地である。
一辺が200メートルもあるソカロを撮影のために完全封鎖。観光客や市民が周囲を取り囲むなか、死者の日のコスチュームにドクロのメイクをした1500人ものエキストラが、巨大なフロートとともにパレードを再現する。ソカロの真ん中にはスモークが焚かれ、ヘリコプターが大旋回を繰り返していた。操縦するのは、世界でも数名しかいないという曲芸飛行のパイロット。スモークの中、エキストラの頭上を予想外の方向に飛行するヘリコプターの様子に、ハリウッド映画のスケール感を見せつけられた思いだった。
ダニエル「数多くの超大作に出演した僕にとっても、最も過酷でエキサイティングな挑戦だった」
標高2250メートルという過酷なメキシコシティでの撮影の合間に、4度目のボンド役となるダニエル・クレイグにインタビューする機会があった。この広場での撮影に興奮冷めやらぬ様子で、ダニエルは語り始めた。
「これまで数多くの超大作に出演した僕にとっても、最も過酷でエキサイティングな挑戦だった。パレード用に着飾った大勢のエキストラが待ち構えるなか、ソカロでヘリコプターが大旋回する。しかも、そのシーンで映画が始まるわけだからね。僕自身にとっても、絶対にミスが許されないアクションになった。撮影日の朝はさすがに緊張感が高まり、自分の顔に何度もパンチを入れたほどだよ(笑)」
ジェームズ・ボンドを初めて演じた『カジノ・ロワイヤル』から、すでに約10年の時が経過。初期の頃に比べ、作品に関する取材以外ではダニエルがボンドの話を積極的にしたがらなくなっていったのも事実だった。当たり役によるイメージへの葛藤もあったことがうかがえる。
「前作『スカイフォール』は、ある意味でシリーズを改革する作品になったと思う。これで過去のボンド映画をあまり意識せず自由に作っていいと実感して、もう一回、同じスタッフで新作を撮るモチベーションを取り戻せたのかもしれない。サム(・メンデス)の頭に銃を突きつけ、“お前は、この映画を撮るんだ!”と脅迫したほどだよ(笑)。演じやすさという点では、明らかに『カジノ・ロワイヤル』の頃に比べて上がっているのは事実だしね」
そしてダニエル自身も作品の内容に意見を言える立場になっていたと、次のように告白する。
「今回は撮影が開始されるまでの約2年間、サムや脚本家のミーティングに僕も何度も参加してきた。そのたびにアイデアを出したわけだけど、なかなか僕の意見は“ちょっと使えないな”と採用されなかったな(笑)。やはりプロの脚本家とはレベルが違うから、彼らの出すアイデアに感心し、そこに僕が意見を加えるという流れになっていった。そんな時間を過ごしてきたせいか、映画の完成までの僕の生活は、かつてないほどボンド一色に染まっていた気がする」
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そんな『スペクター』でダニエルの意見が最も反映されたのは、衣装だったという。
「意識的ではないが、少しレトロに見せるスタンスを維持した。衣装に関してはデザイナーと細かく打ち合わせをして、そのアイデアをトム・フォードに提案するわけだ。彼はそのアイデアに声を上げて驚いたこともあったけど、30着ほど仕立ててくれたよ。トムのスーツは伸縮性にすぐれた素材で、どんなアクションをこなしても絶対に破れることはない。今回も何着かもらって帰るつもりさ」
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この時点で、ジェームズ・ボンド役の契約は「あと、もう一本」という報道が流れていた。しかし何かにつけ、ダニエルは「もうボンドは辞めたい」「まだ辞めたいとは言ってない」と、複雑な心境を吐露していた。その真意を聞くと……
「契約は、あくまでも契約。すべては僕の意思次第だ。ベストを尽くせないと感じたら、その時こそ潔くボンド役を降板することになるだろう。何歳までアクションをこなせるかは未知数だしね。すべては『スペクター』が公開された後に考える」
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このメキシコシティでの取材時、じつはダニエルは膝に負傷を抱えており、直後にニューヨークで手術を受けて、残りの撮影に参加している。ジェームズ・ボンドとしてのアクションを完璧にこなすには、たしかに限界が見えてきたのだろう。ダニエルのボンド役は、CGなどに頼ることのできないリアルな迫力が持ち味なのだから。
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こうして『スペクター』の世界的な成功により、ダニエル・クレイグは最後のボンド役として『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』への出演を決めるのであった。
文:斉藤博昭
『007/スペクター』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年6月放送ほか
『007/スペクター』
少年時代を過ごした“スカイフォール”で焼け残った写真を受け取ったジェームズ・ボンド。写真に隠された謎を解くため、Mの制止を振り切り単独でメキシコシティ、そしてローマへ。そこで悪名高き犯罪者の未亡人ルチアと出会ったボンドは、悪の組織“スペクター”の存在を突き止める。
制作年: | 2015 |
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監督: | |
音楽: | |
出演: |
CS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年6月放送ほか