大富豪で大悪人! ジェームズ・ボンドを大いに苦しめた2人の悪役
時に裏切りも殺害も辞さない非情な一面を漂わせながら、英国紳士然たる振る舞いと溢れる知性と色気で老若男女の心を捕らえてきた英国秘密情報機関(M16)の諜報員、ジェームズ・ボンド。
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しかし、彼の魅力を引き立てたのは敵の存在あってこそ。しかも、その多くがボンドに匹敵する頭のキレっぷりで、巨大な権力と財力を築き上げた曲者たち。ボンドとの違いは、知力を悪巧みに活用したことと、誰よりも強欲であるということか。まさに好敵手。『007』シリーズを代表して、まずはこの2人をクローズアップしてみよう。シリーズ第8弾『死ぬのは奴らだ』(1973年)のDr.カナンガ&Mr.ビッグ(ヤフェット・コットー)と、第16弾『消されたライセンス』(1989年)のフランツ・サンチェス(ロバート・デヴィ)だ。
Names is for tombstones baby! Our focus this week is Dr. Kananga aka Mr. Big (Yaphet Kotto) in LIVE AND LET DIE (1973). Discover more at https://t.co/z7lW58J37t pic.twitter.com/vmia7vpMTn
— James Bond (@007) May 20, 2019
いきなりネタバレで恐縮だが、それでも面白さは損なわれないと思うので説明すると、Dr.カナンガ&Mr.ビッグは同一人物。方やカリブ海に浮かぶサン・モニーク島の首相で、方や撮影当時、まだまだキケンな香りがプンプンしていたニューヨークのハーレムを牛耳る大物。島で栽培したケシを精製してヘロインを量産し、ハーレムを拠点にアメリカ中に拡散。国民をヤク漬けにしてからヘロインの価格を吊り上げて荒稼ぎしてやろうと目論んでいた。サンチェスの方も、CIAとMI6が手を組んで追う程の麻薬王だが、中南米にある都市イスマス・シティでは銀行とカジノのオーナーという顔を持つ。ある意味、ハリウッドをはじめとする大作映画の典型的なワルである。
LICENCE TO KILL, 1989: Franz Sanchez (Robert Davi). pic.twitter.com/bqDaXoMMJL
— James Bond (@007) September 13, 2013
自然界からの刺客がボンドを襲う!『007』を彩る血に飢えた猛獣たち
2人の趣向もとても似通っていて、邪魔者を銃を使って簡単に消すことはしない。サメにワニ、ヘビにデンキウナギと生物の本能を利用して、苦痛と屈辱を与えながら死へと至らしめる。これらの殺害方法は彼らの冷酷なキャラクターを表すと同時に、自然界は脅威に満ちているという、私たちが生きる上でとても重要なことを知らしめてくれたのだ。
中でも強烈なインパクトを与えてくれたのが、ボンドがワニの背中をぴょんぴょんと歩いて窮地を脱する『死ぬのは奴らだ』のワンシーン。サン・モニーク島に赴き、二重スパイのロージー(グロリア・ヘンドリー)のハートも懐柔したと思った矢先、カナンガの右腕ティー・ヒーに捕らえられてヘロインの精製工場であるワニ農園に連れてこられたボンド。こともあろうか、ティー・ヒーに巧みに誘導されて周りはワニだらけの池の孤島に取り残されてしまうのだ。その時、ボンドがとった行動がまさかのワニ・ぴょんぴょんなわけだが、実際にワニに乗ったのはスタントとはいえ、本物のワニを使用して行われており、ワニが踏まれた瞬間、口をガーッと開けて今にもボンドに噛み付きかねないような緊迫感に溢れている。今なら動物保護とか人権団体とか様々なところからお叱りを受けること間違いナシの驚愕シーンだ。
原作ではコーヒー農園の設定だったという。だた撮影地のジャマイカにロケハンに行き、ガイ・ハミルトン監督が空港に向かう途中で見つけたのがワニ農園。経営者はかつて米国で、ワニなどの動物と戦う格闘ショーを行っていたというロス・カナンガ。彼の父親はワニに食われて亡くなったというエピソードを持つ。
映画化にあたってカナンガ自体は、ギリシャの実業家でジョン・F・ケネディ元大統領の未亡人ジャクリーンと再婚したアリストテレス・オナシスをイメージしたそうだが、役名はロス・カナンガから。さらにワニ・ぴょんぴょんの発案者であり、ボンドのスタントも務めた影の功労者と言っても過言ではない。撮影に使用されたワニ農園「Jamaica Swamp Safari Village」は今も健在で、観光名所になっているという。
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『消されたライセンス』で殺し道具にされてしまったのがサメ。サメ全体の割合からすれば肉食性は少ないそうだが、『007』シリーズでは『サンダーボール作戦』(1965年)、『私を愛したスパイ』(1977年)でも登場し、すっかり“海のギャング”として定着してしまった。
『消されたライセンス』ではサンチェスを追い詰めたCIAのフェリックス・レイター(デヴィッド・へディソン)が腹いせの対象となり、サメ・プールに吊るされる。実行するサンチェスの手下ダリオは、若き日のベニチオ・デル・トロ。金歯を光らせながら不適に笑う小憎らしさに、『トラフィック』(2000年)でアカデミー賞助演男優賞を受賞することになる名優の片鱗を見ることだろう。
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イグアナをペットに持つサンチェスのモデルは、実在したコロンビアの麻薬王と言われているが、恐らくもう一人モデルがいるのでは? それがサンチェス邸の持ち主。湾を見渡す広大な敷地内にプールやヘリポート、60人が集えるダイニングに、建物間を移動するケーブルカーまで設置されている広大なもの。あまりにも現実離れした屋敷に、ゴージャスがウリの『007』シリーズならではのやりすぎセットかと思いきや、実存するという。プロデューサーのアルバート・R・ブロッコリの友人、エンリコ・ディ・ポルタノヴァの別荘だ。
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石油で財をなしたらしく、エンタメ界とも幅広い交流があったようだが今ひとつ実態が掴めなかったらしい。しかし、このポルタノヴァの得体の知れなさ感が建物に表れ、本作ではサンチェスのキャラクターのいい味付けにもなっている。ちなみにポルタノヴァ邸はエンリコの死後の2004年にリノべーションされ、宿泊施設「Villa Arabesque」となっている。カナンガのエピソードしかり、事実は映画よりも奇なり。
意外とグロい!? 思わず顔を背けたくなる強烈な“爆殺”シーン!!
この2作にはもう一つ共通点がある。共に人間が「ひでぶ~」と破裂させられる、「北斗の拳」に先駆けた人間破裂シーンがあることだ。『死ぬのは奴らだ』ではカナンガが、水中でのボンドとの格闘の末にサメ殺し用の圧縮ガス弾を口に押し込められ、膨張して風船のように膨れ上がった末に弾け散る。『消されたライセンス』では、サンチェスの仲間だったミルトン・クレスト(アンソニー・ザーブ)が減圧室に入れられて頭部が破裂し、最期を迎える。甲乙つけ難き残忍さ。どっちもサイテー。
しかし『死ぬのは奴らだ』の方は素人目にもお人形だとわかることもあり笑いさえ起こってしまいそうだが、後者は映画会社からシーンを短くするように命じられ、さらに各国でレイティングが問題になったという。両者の差は、血を見せるか否か。『消されたライセンス』はミルトンが破裂したあと、減圧室の覗き窓に血が飛び散る。
実は『007』シリーズは毎回多くの負傷者と死亡者を出しているが、生々しさを感じさせない配慮が施されている。いわば『消されたライセンス』は、その禁が解かれたシリーズの転換期。殺害シーンひとつとっても、時代の流れが楽しめるのだ。
文:中山治美
『007/消されたライセンス』『007/サンダーボール作戦』『007/死ぬのは奴らだ』はCS映画専門チャンネル ムービープラスにて6月ほか放送