ステレオタイプな格差社会ものだがシニカルで胸に刺さる辛口映画!
緊急事態宣言が出て以降は、YouTubeとNetflix漬けと言ってもいい毎日。先日紹介した『慕情のアンソロジー』(2018年)もNetflix配給作品で、インドものの品揃えのいいNetflixでは、ヒット作から小粒の名作、知らない駄作(!)にテレビドラマまで、いろいろと見られる。Netflixではいつの間にか姿を消す作品も多いため、見ておきたい作品があれば即、見ることをお勧めする。そのお勧め作品の1つが『ムンバイ・ダイアリーズ』(2011)で、原題は「Dhobi Ghat/ドービー・ガート」、洗濯場のことである。ムンバイの下町、マハーラクシュミー駅のそばにあり、駅の陸橋から、細かく仕切られた洗い場で洗濯をするドービー(洗濯人)たちの姿が見られる。
物語は、アメリカの銀行に勤める女性シャイ(モニカ・ドーグラー)が一時インドに戻っている時に、2人の男性と知り合うことから始まっていく。1人は気鋭の画家アルン(アーミル・カーン)で、アルンの個展に行ったシャイは彼と意気投合し、彼の家で一夜を共にする。もう1人は洗濯配達人のムンナ(プラティーク・バッバル)で、彼はイスラム教徒だ。
洗濯物の配達に来たムンナと親しくなったシャイは、趣味の写真撮影のために名所や洗濯場を案内してもらう。そして、ボリウッド映画の俳優志望だというムンナのために、ポートフォリオを撮ってあげる。こうして奇妙な三角関係が進行するのだが、それぞれに打算も働いて、関係はゆがみを見せていく。さらにアルンは、引っ越し先に残されたビデオレターを見つけ、録画されたヤスミン・ノール(クリティ・マルホートラー)という女性の人生に、予期しない関わり方をすることになる……。
富裕階層の女性、インテリ層の芸術家、貧困層でしかも差別の対象になる洗濯人、という三者による、ステレオタイプの格差社会もの、と言うこともできるが、描き方がなかなかシニカルで、いろんなシーンが胸に刺さる。シャイの言動は、金持ち日本人としてインド旅行をしたことがある人には結構イタいし、ビデオレターのエピソードを挿入することで、アルンの思い上がりにもしっぺ返しを食らわせるという、結構辛口の作品なのだ。『きっと、うまくいく』(2009年)や『ダンガル きっと、つよくなる』(2016年)等でアーミル・カーンを知っている人の中には、なぜこんな役を引き受けたのか、不思議に思う人もいるかも知れない。
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監督はアーミル・カーンの妻キラン! Netflixはアーミル関連作の宝庫
実はこの映画を作った監督キラン・ラオは、アーミル・カーンの現在の妻なのだ。アーミルにはデビュー前の1986年に結婚した妻がいたのだが、『ラガーン』(2001)の撮影に助監督として参加したキランと親密になり、2002年に離婚、2005年にキランと再婚する。キランは良家の出身で、社会活動にも関心を持つ知的な女性であり、アーミルは何事においても彼女を尊重している感じが来日時にもうかがえた。監督作を作ることはキランの夢だったようで、結婚から6年後、アーミル・カーン・プロダクション製作で本作が世に出たわけである。映画評もおおむねよかったのだが、キランは残念ながらその後は監督作を作っていない。
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そのキランがアーミル・カーン・プロダクションで、初めてプロデューサーとして手がけた作品が『君が気づいていなくても』(2008年)で、この作品でデビューしたのが、本作でムンナを演じているプラティーク・バッバルである。プラティーク・バッバルは、1970~80年代にニューシネマの顔として活躍した女優スミター・パーティルの息子で、生まれて1ヶ月も経たない時に母を急病で亡くしている。父もラージ・バッバルという有名俳優なのだが、不倫関係で生まれたため、母亡き後は母方の祖父母に育てられた、という数奇な生い立ちの俳優なのだ。
本作はプラティーク・バッバルの出演2作目で、ブレイクできるチャンスだったのだが、本作以後も活躍ぶりはいまひとつ。やっと現在、日本では公開待機中の『きっと、またあえる』(2019年)で主人公たちに対抗する憎まれ役を演じ、以後出演作が増えつつある。『きっと、またあえる』の公開日は未定だが、その予習のためにも見ておきたい作品だ。
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アーミル・カーン・プロダクションの作品は、大半がNetflixで見られる。『ラガーン』(2001年)やそのメイキング・ドキュメンタリー『熱砂の記憶 -ラガーン撮影記-』(2004年)、『地上の星たち』(2007年)、『こちらピープリー村』(2010年)など、この際全部見てもいいほど良質の作品が揃っている。Netflixの字幕は日本人の字幕翻訳者が担当しているので、字幕自体のレベルは高く、時々固有名詞のカタカナ表記が間違っている(例えば、「ヤスミン・ノール」は正しくは「ヤスミン・ヌール」だし、アルンのエージェントの名Vatsalaは「バサラ」となっているが、正確に書くと「ヴァツサラー」なので、せめて「ヴァッサラ」にしてほしい)のを除けば、公開作品に劣らない。
一方トンデモ字幕が付いているのは、Amazonプライム・ビデオで見られる古いインド映画3作品だ。『Anarkali(アナールカリー)』(1953年)、『Naukri(仕事)』(1954年)、『Boot Polish(靴磨き)』(1954年)の3本で、いずれもインド映画史で言及されたり、有名監督の作品だったりという秀作である。しかし、どうやら自動翻訳ソフトで作った字幕をそのまま貼り込んであるらしく、見ていて仰天する。例えば『Boot Polish』では、主人公である孤児の兄妹が木の実売りを呼び止めた時に、売り子が言う台詞の字幕はこんな風だ。「2、私は言った。または立ち去ります。」――何なの、これ???
セリフを全訳すると「言っただろ、1パイサで2個だ。イヤなら買うな。行け」で、字幕にすると前の流れから、「2個だ イヤなら行くぞ」とかになるのだが、字幕にあるまじき句読点が入っている上に、ぎくしゃくとしたこの訳は、自動翻訳ソフト製としか思えない。インド側で付けてきたもののようだが、日本でアップする前にチェックしなかったのだろうか。とまあ、ヒマに任せてあら探しまでしてしまう、「Stay Home」の日々なのだった。
文:松岡環
『ムンバイ・ダイアリーズ』はNetflixで独占配信中
『ムンバイ・ダイアリーズ』
大都市ムンバイで、境遇も階級も異なる4人の男女の人生が交差する様子を描いた人間ドラマ。偶然がもたらした出会いを通して、それぞれの物語がつづられる。
制作年: | 2010 |
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