ドローンを駆使し、圧倒的な映像美で映し出す難民たちの現状
世界中で難民が急増し、数千万人の人々が受け入れ国を求めて避難を続けている。その理由は様々だが、難民の増加と相反して受け入れに消極的な国が増えているのが現状だ。今、世界の難民事情はどうなっているのか? 決して他人事ではないこの問題に切り込んだのは、中国を代表する現代美術の鬼才、アイ・ウェイウェイ。スマホやドローンを駆使し、これまでにない圧倒的な映像美で難民たちの現状を映し出した。
アイ・ウェイウェイは現在、中国を離れベルリンを拠点に活動している。彼の撮影スタンスが一般的なドキュメンタリー作品と異なるのは、取材対象を個人に限定せず様々な土地で多くの人々の姿を捉えている点だ。ゆえにドラマチックな展開などは皆無で、ただひたすら難民たちの現状が映し出される。
もう一つ、ドローンによる空撮を多用しているのも特徴的だ。難民というヘビーなテーマの作品に不特定多数の関心を惹起するのに、この壮大で美しい映像がプラスに作用するだろう。2時間強の上映時間にメリハリと立体感が生まれ、さすが美術家の感性と唸らされる。まずは観てもらわないことには意味がないのだから、多くの理に叶った撮影手法だ。
他者の苦しみに無関心な社会は危険
欧州への窓口として多くの難民が流れ着くというギリシャのレスボス島でカメラが映し出すのは、ゴムボートにすし詰め状態で上陸する難民たちの姿だ。そこでアイ・ウェイウェイは、寒さに震えるハッサンという青年に話しかける。ヨーロッパを目指し命がけで海を渡った彼は、今も数十万人の難民を保護しているイラクから来たそうだ。
紛争などで国を追われた難民もいれば、ミャンマーのラカイン州に住むイスラム教徒“ロヒンギャ”のように政府から迫害を受けて避難してきた人々もいる。新天地を求める人々は後を絶たないが、ここ数十年で数十カ国がフェンスなどを国境に設置し難民の流入を規制。爆発的な難民の増加にかつての難民受け入れシステムは機能を失い、物理的な抑制手段をとらざるを得なくなっている。そんな中、もっとも多くの難民を受け入れているのがヨルダンだ。
ヨルダンにはシリア難民やパレスチナ難民が多く、中でも大規模なシリア難民キャンプでは独自の経済活動も行われているという。昔から中央アジアやアフリカ大陸、ヨーロッパなどの文化が行き交っていたヨルダンは今、安全な暮らしを求める人々の最大のホスト国のひとつとなった。
そんなヨルダンの王女は「他者の苦しみに無関心な社会は危険」と訴えかける。特に「どの国にも厳しい現実がある。だからこそ人道主義を貫くことが、ヨルダンの健全な社会や暮らしにも繋がる」という言葉には、この問題の本質が詰まっているように感じた。
ありのままを映し出した本作で、まずは知ることから
本作はトルコ、ヨルダン、パレスチナ、ベルリン、ガザなどを訪れ、難民/非難民の目線と、それを俯瞰で捉える第三の視点、そしてUNHCR(国際連合難民高等弁務官事務所)やユニセフの職員、各地で難民を援助する医師や保護施設の職員の証言から構成されている。圧倒的な映像を目の当たりにすると、平和な国で生きていることに罪悪感を感じてしまう人もいるかもしれない。とはいえ我々は、なぜ命をかけてまで国を渡る人々がいるのか、まずそれを理解する必要があるだろう。
多くの難民は、世界平均で26年間も避難生活を送るという。本作では難民の現状が詳細に語られるわけではないが、とにかく現状をありのまま伝えようという意志が感じられる。難民問題を大きく捉えた本作だけでなく、フィクション/ノンフィクションにかかわらず、個別の難民の状況をテーマに据えた限定的な作品を併せて観ることで、より本質を理解できるのではと感じた。
『ヒューマン・フロー 大地漂流』は2019年1月12日(土)よりシアター・イメージフォーラム他にてロードショー
『ヒューマン・フロー 大地漂流』
貧困・戦争・宗教・政治的立場・環境問題など、様々な理由で増え続ける難民たち。その数は、2018年には過去最高の6,850万人に上り(撮影当時の16年は6,500万人)、深刻化する事態とは裏腹に難民受け入れを拒否する国が広がっている。 いま、世界で何が起きているのか。23カ国40カ所もの難民キャンプを巡り、彼らの旅路をなぞってカメラに収めたのは、中国の現代美術家であり社会運動家としても活躍するアイ・ウェイウェイ。自らのスマートフォンやドローンからの空撮を駆使し、祖国を追われ地球上を逃げ惑う人々の日常に肉薄する。地球を巡る壮大で圧倒的な映像美は、ヴェネチア国際映画祭を始め各国の映画祭で賞賛された。
制作年: | 2017 |
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監督: |