デヴィッド・リンチ監督の出世作となった『エレファント・マン』(1980年)から40周年を迎える2020年、リンチの周辺が騒がしい。フランスでは同作の4K修復版が制作され、劇場で再リリースされる予定だ(3月公開予定だったが、コロナウイルスの影響で延期に)。またそれを記念して、批評家アレクサンドル・プルヴェーズ(Alexandre Prouvèze)による解説本、「Elephant Man <<Tous des monstres>>(モンスターのすべて)」(CARLOTTA)も出版される。
D・リンチの名を知らしめた傑作『エレファント・マン』
ブルヴェーズの著作では、当時自主制作の『イレイザーヘッド』(1976年)を作っただけの若く無名のリンチが、いかにコメディ映画の巨匠メル・ブルックスの信頼を得て、彼の全面的サポートのもとハリウッドで話題の脚本を監督することになったかが、仔細にわたり記されている。『エレファント・マン』はキャスティングだけを考えても、主役のジョン・ハート、アンソニー・ホプキンス、アン・バンクロフト(メル・ブルックス夫人)、ジョン・ギールグッドなど、長編監督2作目とは思えない豪華キャストが揃っていることから、ブルックスの協力なしにはあり得なかっただろう。
一方、俳優陣にとってリンチはかなり変わった監督として映ったようで、ホプキンスは何度か彼と衝突し、不信感を拭えなかったという。2018年に出版されたリンチの書籍「Room to Dream」のなかで彼は、撮影現場の様子について「ホプキンスはずっと不機嫌な態度だった」と回想。また、ホプキンスから本作の監督の資格がないと言われたことを明かし、「たしかに僕はモンタナ、ミズーリ出身で、それまでといったら10人観に行くかどうかの小さな映画を作っただけ。ヴィクトリア時代を舞台に、こんな素晴らしい俳優たちの出る作品を監督するなんてクレイジーだ。でも現実に僕は選ばれ、プロジェクトは許可された。信じられないことだけれど」と記している。
そうして蓋を開ければ本作は世界的ヒットとなり、アカデミー賞の8部門にノミネートされるほどの評価となった。プルヴェーズの本には、完成作品を観たホプキンスがリンチに詫びを入れ、祝福したというエピソードも記されている。
「リンチ作品のなかでもっとも親しみやすい感動作」と言われる『エレファント・マン』だが、作品を観れば『イレイザーヘッド』との共通点は明白だ。主人公は両作とも社会に馴染めない、疎外された存在で、監督の心情はつねに彼らと共にある。
実在のモデルに基づいた『エレファント・マン』では、自らの意思とは関係なく、運命的に定められた孤独、迫害、無理解に苦しむ主人公の姿が、陰影を駆使したリンチらしい実験的なモノクロの映像により、重厚に描かれている。40年を経てもなお色あせることのない、カルトにして普遍的傑作であることが確認できるだろう。
巨匠にして鬼才! ルブタンとの異色コラボなど精力的な活動が続くリンチ
リンチ絡みではまた、2020年2月にパリの国立移民史博物館でオープンしたシューズデザイナー、クリスチャン・ルブタンの展覧会で、彼とリンチがコラボレーションをした作品が展示された。
ふたりはリンチが2007年に初めてパリのカルティエ財団で展覧会をするために彼にコンタクトを取ったのがきっかけで、以来継続的にコラボレーションが続いている。マルチ・アーティストのリンチは写真家としても何冊か本を出版しているほどだが、本展覧会ではリンチがルブタンのシューズをモデルに撮った写真を展示した1室がもうけられた。真っ暗な部屋でスポットライトに浮かびあがる、フェティッシュなコレクションは、『ロスト・ハイウェイ』(1997年)や『マルホランド・ドライブ』(2001年)などにも通じる、SMチックな怪しい官能を醸し出し、訪れた客を別世界に誘う。
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最近ではNetflixで猿と探偵(演じるのはリンチ自身)の短編、『ジャックは一体何をした?』(2017年)を制作したり、『ツイン・ピークス』続編シリーズ(『ツイン・ピークス The Return』[2017年])で、我々の期待をはるかに凌ぐ破壊的インパクトを見せつけてくれたリンチ。本人は尽きるところのない制作意欲に満ちているだけに、ファンとしてはそろそろまた長編映画が観たい、という気がしてならない。
文:佐藤久理子
『エレファント・マン』
19世紀末のロンドン。21歳の青年ジョン・メリック。彼はその特異な容姿から“エレファント・マン”と呼ばれ、見せ物小屋で自らを晒しながら生きていた。そんなある日、メリックの姿が小屋を訪れた外科医フレデリック・トリーブスの目に留まる。そして、研究のためにメリックを病院へ呼び寄せるトリーブス。やがて、彼の研究発表や雑誌での紹介をきっかけに、メリックは一躍時の人となる。だが、彼は大衆の好奇や同情の眼差しを受けながら、自身は普通の人間らしく生きることだけを切望していたのだった……。
制作年: | 1980 |
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