新型コロナウイルス感染予防対策のため、上映のみの縮小開催となった「第15回大阪アジアン映画祭」(会期:2020年3月6~15日)。しかし、プロブラミング・ディレクターの暉峻創三氏によるセレクションは相変わらず冴え渡り、充実のラインナップ。中でも『パラサイト 半地下の家族』(2019年)のオスカー受賞で沸く韓国映画は百花繚乱。6作品いずれも女性監督による初長編作で、その質の高さで、#MeToo運動を高らかに叫ばずとも無視できない存在となりそうだ。
女性監督の自伝的悲喜劇『チャンシルは福も多いね』
「これが映画になるんだ。いや、こんな超個人的な話を映画にしちゃうんだ」――鑑賞しながらそう感心せずにいられなかったのが、コンペティション部門で上映されたキム・チョヒ監督の『チャンシルは福も多いね』(2019年)。長年タッグを組んできた映画監督が急逝し、行き場をなくした女性プロデューサー、チャンシルの悲哀をコミカルに描いた作品だ。
アラフォーで独身の彼女には映画が全て。なのに、どうやら彼女の評価は業界内で低く、映画会社の女社長にも「あなた何してた? あなたがいなくてもあの監督は撮れたわ」と蔑まれる始末。仕方なく家賃の安い家に引っ越しし、女優の家政婦として働き、そこで出会ったフランス語の家庭教師との恋に賭けようとするのだが……という展開。
キム・チョヒ監督は仏・ソルボンヌ大学で映画理論の修士号を取得した才女で、キム・キョンヒ名義でホン・サンス監督『よく知りもしないくせに』(2009年)にラインプロデューサーとして参加し、『ハハハ』(2010年)から『正しい日 間違えた日』(2015年)までプロデューサーを務めていた。つまり、ほぼ自伝であり映画ネタ満載の業界裏話でもあり、何より些細な日常での他人とのすれ違いや勘違いから物語と笑いを生み出すセンスを見るに、ホン監督を支えてきたのは間違いなく彼女なのだということを認識させられる痛快作だ。
キム監督にしてみれば、“女の敵は女”を象徴するような映画会社の女性社長を含め自分を踏みにじった人たちへの復讐心もあったと思うのだが、それを人生の岐路に立ったアラフォーのジタバタしたもがきという自虐的な笑いでグッと押し込め、さらに実力で才能を証明したカタチだ。
性被害者家族の苦悩を描いた『家に帰る道』が<来るべき才能賞>を獲得!
ただ『チャンシルは福も多いね』は、今回の映画祭で「最もウケていた」(映画祭スタッフ・談)そうだが受賞には至らず。代わって審査員が“最もアジア映画の未来を担う才能であると評価した人物”に贈られる<来るべき才能賞>に輝いたのは、『家に帰る道』(2019年)のパク・ソンジュ監督。10年前に性的暴行を受けた過去を持つ主人公ジョンウォンの元へ、警察からかかってきた犯人逮捕の知らせが。その過去を秘密にしていた夫にも知られることとなり、性被害がトラウマを抱えて生きてきた自身のみならず、家族や周囲の人間をも苦しめることなることを静かに訴えた人間ドラマだ。
史実ベースの作品が目白押し!
ほか特集企画「祝・韓国映画101周年:社会史の光と陰を記憶する」で上映されたのが、次の4作。セウォル号沈没事故の被害者遺族の癒えぬ心に迫ったイ・ジョンオン監督『君の誕生日』(2020年6月5日公開予定)。
女優で監督としても短編映画を発表しているチュ・サンミが、ポーランドに送られた朝鮮戦争震災孤児の実像を取材したドキュメンタリー『ポーランドへ行った子どもたち』(太秦配給で日本公開予定)。
金日成首席死去とソンス大橋崩落事故が起こった1994年を背景に、男社会の韓国の中で自分の将来が描けずに模索する中学生を描いたキム・ボラ監督『はちどり』(2020年初夏以降公開予定)。
日本語の使用を強要された日本統治下時代の朝鮮で、母国語を守るべく辞書作りに挑んだ人たちを描いたオム・ユナ監督『マルモイ ことばあつめ』(2020年5月22日公開予定)。特集企画のタイトルも納得の、いずれも史実がベースになっている。
暉峻氏いわく、女性監督作を意図して選んだわけでなく、良い作品を選んだらこのラインナップになったという。暉峻氏は昨年も韓国の女性監督作をピックアップしており、その言葉に嘘がないのは明らか。前述したキム・キョヒ監督やキム・ボラ監督のように実体験を描いている人はもちろん、いずれも史実を自分の人生に引き寄せつつ、普遍的な物語へと昇華させる技能と客観的な視点がある。ゆえに特集企画の4作は、初長編監督作にして日本でも劇場公開へと辿り着いた。
Nextポン・ジュノは誰だ!? 豊富な経験に裏打ちされた女性監督たちの才能
ただしもちろん彼女たちも、いきなり表舞台に現れてきたわけではない。キム・チョヒ監督がホン・サンス監督と長年コンビを組んでいたように、『君の誕生日』のイ・ジョンオン監督は、イ・チャンドン監督の演出部にスタッフとして参加していたという。オム・ユナ監督も『約束』(2006年)や『チェイサー』(2008年)で現場に入り、脚本を手がけた『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年)が評価されての今回の抜てきだ。
『ポーランドへ行った子どもたち』のチュ・サンミは以前から演出に興味があり、女優業の傍ら映画監督を目指して大学で学んだという。いずれも短編映画を自主制作し実績を積んできたのだが、それを花開かせたのが『家に帰る道』のパク・ソンジュ監督と『はちどり』のキム・ボラ監督だ。
前者は短編『Mild Fever』(2017年)をバージョンアップさせたもので、釜山国際映画祭が行っている企画マーケット「アジアン ・シネマファンド」参加を経て出資者を募り、完成へ漕ぎ着けたもの。後者は2011年に発表した短編『リコーダーのテスト』の続編にあたるという。一つのテーマに向かう深度が違うのだ。そして彼女たちが台頭してきた背景には、政情の変化も無関係ではないだろう。朴槿恵政権時代、こともあろうか映画産業の発展を担ってきたはずの韓国映画振興委員会(KOFIC)がその手先となって映画人を弾圧していた事実が判明したが、その負の歴史を猛省し、本来の機能が健全に回り始めた証だろう。
テーマへの深度でいえば、自身が出産し母親になったことで、戦争のために子供を手放した当時の親たちの心情は? に興味を抱き、この問題に着手したというチュ・サンミ監督『ポーランドへ行った子どもたち』も外せない。同作は実写映画化に向けたポーランドへの調査旅行を記録したもので、旅をするのはチュ監督と、オーディションで主演に抜擢された脱北者のイ・ソン。女優を目指していたイ・ソンは当初こそ明るく活発なイメージだったが、旅が進むにつれ当時の子供たちの状況と自身の境遇が重なり、トラウマが露わになっていく。この旅が、どのように長編になるのか。“ポスト、ポン・ジュノ”が豊富すぎて、韓国映画界に激しく嫉妬せずにはいられないのだ。
文:中山治美
『君の誕生日』は2020年6月5日(金)公開予定、『はちどり』は2020年初夏以降公開予定、『マルモイ ことばあつめ』は2020年5月22日公開予定