走れT-34、モスクワへの道を!
『T-34 ナチスが恐れた最強戦車』
最近、T-34戦車にスポットを当てたロシア映画が熱い! ロシア(1991年までなら「ソ連邦」)の人々にとってT-34は、侵略してきたドイツ軍に立ち向かい、反撃し、そして勝利した大祖国戦争(独ソ戦のソ連側呼称)の象徴なのです。日本なら「(戦艦)大和」「ゼロ戦(零式戦闘機)」ですが、彼の国では「T-34」なのです。
映画『T-34 ナチスが恐れた最強戦車』は、T-34制式化前の1940年3月(ちなみに第二次世界大戦勃発が1939年9月、ドイツのソ連侵攻が1940年6月)、スターリンに披露するため2両の試作車がハリコフ(現ウクライナ)からモスクワへ自力走行したという史実が元ネタという、かなりニッチなところを突いた作品です。「元ネタ」と書いたのは、モスクワへ自力走行という部分以外は、完全に史実からフリーダムな内容だから。
厳寒期3月の雪中行軍を夏に変更、主人公こそロシア人技師ミハイル・コーシュキンという実在の人物ですが、女性工員やNKVD(秘密警察)将校、山賊等の架空キャラが登場、さらにはナチスの秘密工作部隊が暗躍するという超展開! そもそも、この時のコーシュキンは過労と風邪でブッ倒れる寸前で(行軍後に病没)、劇中のコーシュキンとはもはや別人!! 言わば、徳川光圀を元ネタにした時代劇「水戸黄門」のようなロシア戦車ロードムービー、それが『T-34 ナチスが恐れた最強戦車』なのです。
試作車を見事に再現!
ただし登場するT-34試作車の再現度は、砲塔形状、76㎜砲L11とその防盾、主砲基部と車体前面のライト、大きく膨らんでいる車体前面左側の操縦手ハッチetc……と、手抜きなしの本気度で気合いが入っています。
でも膨らんだ操縦手ハッチは試作2号車だけの特徴なのに、ここでは試作1号車も同じ形状になっているのが、残念。――と、史実を知っていればツッコミを入れつつ、知らなくても冒険活劇として鑑賞できる快作&怪作で、とくに日本のロボットアニメのようなオープニングに血が騒いじゃったなら、楽しめること請け合いです。
ちなみに、冒頭の「ハルハ河戦争」とは1939年5~9月、日本陸軍とソ連・モンゴル両軍が戦った「ノモンハン事件」のことです。
スペクタクル戦争映画の金字塔
『史上最大の作戦』
『史上最大の作戦』(1962年)は、1944年6月6日に遂行された米英仏連合軍のノルマンディー上陸作戦をアメリカ・イギリス・ドイツ・フランス、それぞれの視点から批判を排してドキュメンタリー的に描いた、戦争スペクタクルの傑作です。
特徴は、アメリカ軍将兵はアメリカ人俳優が演じ、ドイツ軍将兵はドイツ人俳優が演じ……という国ごとの配役、そして演出も場面に応じて5人が当っていること。プロデューサーのダリル・F・ザナックは、後に『トラトラトラ!』(1970年)もこの手法で製作しています。
史実では、1944年6月22日にソ連軍が大攻勢作戦「バクラチオン」を発動しており(その中核となったのがT-34戦車)、ドイツは完全に東西から挟撃される態勢に陥るのです。
上陸の日時はこうして決まった!
『史上最大の作戦』の原題でもある“THE LONGEST DAY(いちばん長い日)”が始まって終わるまでの双方の動きは映画を観ていただくとして、ここではなぜ上陸作戦「オーバーロード(大君主)」が6月6日の朝に決まったのかを解説してみましょう。
まず、攻勢をかける側としては、日照時間が長いので行動時間も長くとれる夏期が好ましい。これで「月」は5~7月となりましたが、機材の準備が間に合いそうになかったので5月は却下されました。
夜間における艦隊行動および空挺作戦のためには、月齢は満月が好ましい。そして潮汐、つまり「引潮」「満潮」ですが、上陸作戦は満潮時に行なうのが常道です。ドイツ軍もそれは分かっているので、満潮時に効果を発揮する対上陸舟艇用障害物を大量に構築していました。劇中、連合軍将兵が進む水際に鉄骨を組み合わせた障害物が並んでいますが、あれは満潮時には海中にあって上陸用舟艇の船底を破壊する障害物です。そこで連合軍はあえて干潮時に上陸して、障害物を無効化したのです。
月齢と潮汐、夜明けの時間を勘案すると、6月5日~7日、7月19日~21日とカレンダー的に決まってしまいます。ですが6月に入ると強風と大雨が現地を襲います。けれども、気象観測班は6日の天気は一時的に好転すると予報。そこでアイゼンハワー総司令官は6月6日の決行を決断したのです。
一方のドイツ軍は、満月期で満潮期の好天日に上陸してくると判断していたために、6月4日から数日は暴風雨という気象予報で「次は7月だろう」と警戒を解いてしまいます。ドイツも沿岸部に観測所を設けたり、Uボート(潜水艦)で北大西洋の気象観測をしていたのですが、どちらも1944年春頃には連合軍の航空作戦で破壊・駆逐されて、きめ細かい気象観測ができなくなっていました。海を渡るような大作戦には科学的データの集積が必要不可欠なのです。
文:大久保義信
『T-34 ナチスが恐れた最強戦車』『史上最大の作戦【1972年制作 地上波吹替版】』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「特集:宿命の戦場」で2020年4月放送