デル・トロの麻薬カルテル歴は『ドラッグ・ウォーズ/麻薬戦争』から
ベニチオ・デル・トロはデビューから2本目にして、『007』シリーズ第16作目にあたる『007/消されたライセンス』(1989年)に出演。そこで彼は南米の麻薬王サンチェスの手下ダリオを演じている。このとき弱冠22歳ながら、すでに少しでも触れたら流血沙汰になりそうなほどのジャックナイフ感と、目で捉えられそうなほどの男性ホルモンがムンムン。ちなみにサンチェスは実在したコロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルがモデルで、最近だとNetflix『ナルコス』でもおなじみ。そしてなにより、後にデル・トロが『エスコバル 楽園の掟』(2014年)でエスコバル自身を演じているからなかなか因果なもの。
『007/消されたライセンス』の熱演が評判良かったのか、その1年後には全3話の大作ドラマ映画『ドラッグ・ウォーズ/麻薬戦争』(1990年)に出演。しかも『007/消されたライセンス』の手下役からかなりの出世を果たし、実在したメキシコ麻薬カルテルのボス、ラファエル・カロ・キンテロを演じることに。のちのインタビューでは「『ドラッグ・ウォーズ/麻薬戦争』のときには役作りのためにカルテルの人間に会って取材した」と発言していて、気合は十分。柄シャツに柄ズボン、首からジャラジャラ金のネックレスというダーティにもほどがあるファッション・センスで、突如ディスコで踊る女性をさくっと誘拐し、金をばら撒いて去っていったりするほどの傍若無人っぷりを見せつけてくれる。
ドラマ自体もメキシコの麻薬カルテルを追うDEA捜査官が誘拐・殺害された実際の事件の映像化で、かなりの骨太。日本では今現在廃盤のVHSが中古市場に多少出回っているぐらいだが、メキシコ麻薬カルテルを描いたものとしても、また、デル・トロの初期代表作としても必見だ。
ソダーバーグの『トラフィック』では密売人を追う刑事役
そして、なんといってもデル・トロがアカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ賞助演男優賞、ベルリン国際映画祭銀熊賞(男優賞)など、数々の賞をかっさらったスティーヴン・ソダーバーグ監督の『トラフィック』(2000年)。
『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』と同じく、アメリカとメキシコの両国で麻薬に関わる人々を描いた『トラフィック』でデル・トロが演じたのは麻薬の密売を追うメキシコ人刑事。実はこの作品、『ドラッグ・ウォーズ/麻薬戦争』にかなりの影響を受けていて、『ドラッグ・ウォーズ/麻薬戦争』に出演していたキャスト陣がデル・トロ以外にも多く出演している。しかも『ドラッグ・ウォーズ/麻薬戦争』で悪役だった方々が正義側に、正義側だった方々が悪役を演じていて、例えば『ドラッグ・ウォーズ/麻薬戦争』で惨殺されたDEA捜査官キキ・カマレナを演じていたスティーヴン・バウアーが、『トラフィック』では麻薬王アヤラを演じている。なんだその謎の遊び心は。
『トラフィック』で名実ともにスター、そして演技派となってからのデル・トロだが、麻薬カルテル魂の火は消えることはない。2012年には、オリバー・ストーン監督の『野蛮なやつら/SAVAGES』に出演している。この作品は数々の麻薬カルテルを題材にした暗黒小説を手がけているドン・ウィンズロウの原作で、大麻栽培で大成功を収めた若者ふたりがメキシコ麻薬カルテルに目をつけられてしまうスリラー。こちらでデル・トロが演じたのは、メキシコ麻薬カルテルのボスの右腕ラド。この作品でのデル・トロは、拉致した女性から顔に唾をかけられると、それを丁寧に舐めとったりするほど「キモい」方向に舵を取っている。というか、そんなデル・トロの怪演ぐらいしか見どころのない作品となっている。
デル・トロ、今後も麻薬カルテル映画に出演する気はある?
そして2014年には、冒頭で書いたようにパブロ・エスコバルを描いた『エスコバル 楽園の掟』に出演。パブロ・エスコバルの知られざる家庭的な一面と、一時期は世界で7番目の大富豪とまでなった麻薬王の一面を同時に描いていく映画だが、もうデル・トロのエスコバル役は安定の域。デル・トロは製作総指揮も兼ねていることから、「俺の麻薬カルテル歴をなめるな」という自信がうかがえる一本となっていて、その高すぎる顔面力を駆使して、お父さんな穏やかエスコバル、おっかないボスのエスコバルを見事に表現している。
というわけでデル・トロが出演してきた麻薬カルテル映画をざっと振り返ってきたが、デル・トロ自身は麻薬カルテル映画にうんざりしていないのか? そう思って調べてみると、あるインタビューでこう答えていた。
「『フレンチ・コネクション』、『スカーフェイス』、『イージー・ライダー』……麻薬やカルテルが描かれる映画で素晴らしい映画は山ほどある。光栄だ」
なんて頼もしい男だ!
文:市川力夫