「名もなき普通の人々」と向き合う真摯な魅力
第92回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した『アメリカン・ファクトリー』(2019年)はNetflixオリジナル作品として、またバラク・オバマ、ミシェル・オバマ夫妻の製作会社ハイヤー・グラウンド・プロダクションの作品としても話題を呼んだ。“元大統領夫妻がプロデュースしたドキュメンタリー”というわけだ。
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決して派手な作品ではないから、もし劇場用映画だったら日本での公開規模は小さかったはず。だがNetflixでは、気になったらすぐに見ることができる。時代だなぁ、と思う。
実際に見てみると、なるほどこれはオバマ夫妻らしい作品だ。舞台はオハイオ州の巨大工場。映画はこの工場がゼネラルモーターズ(GM)としての操業をストップするところから始まる。そこにやって来たのは、経済成長を続ける中国の企業。自動車用のガラスを作るフーヤオ(FUYAO)社だ。フーヤオは失業者たちに雇用をもたらし、地元の救世主として期待される。
同じ工場で働く労働者を徐々に分断していく“仕事感”の違い
映画の序盤で描かれるのは、労働者たちのぎこちなくも心温まる交流だ。一緒に働くだけでなく釣りに行き、ホームパーティーに誘う。
ただ、そんな中にも少しずつ“きしみ”が表れてくる。アメリカ人と中国人では“仕事”や“会社”に対する考え方がどうしても違うし、そもそも労働条件がGM時代とは大きく違う。給料は安く、労働時間は長く、休みは少ない。「安全は利益を生まない」という、あまりにも露骨な言葉さえ出てくる。
とりわけ印象深いのは、アメリカの社員たちが中国の工場を視察する場面だ。中国で働く工員たちは、さらに厳しい条件で働いている。故郷の家族に会えるのさえ、春節の休みくらいだ。号令のもとで軍隊のように整列して行なう朝礼をアメリカに持ち帰りアレンジしてみても、やはりうまくはいかない。
中国式の経営の結果か、アメリカの工場で労災が発生。工員たちの不満は組合運動につながり、それは同じ工場で働く“仲間”だった人間たちの分断を招くことになる。
それは単に“中国人対アメリカ人の文化摩擦”ではない。組合結成を回避すべく雇われたコンサルタントの“研修”によって組合に反対するアメリカ人も出てくるし、一方で本社のトップも急激な利潤追求に疑問を抱いている。分かりやすい敵と味方、善と悪があるわけではなく、ただそれぞれの生活と人生があるだけだ。
オバマ夫妻が明かした、フェアに製作するための4か条とは?
制服を着た工員たちが一斉に出勤する場面。そこには、働くことの安心感と厳しさの両面が表れている。この映画の主人公が、名もなき普通の人々であるという意味でもあるだろう。
Netflixで配信されているオバマ夫妻とスティーヴン・ボグナー&ジュリア・ライカート監督の対談(『アメリカン・ファクトリー: オバマ前大統領夫妻と語る』)によると、まさにこの映画は普通の映画では画面に映らない人々を描くもの、だという。また、製作のスタンスとして「先入観を捨てる」「お互いの話を聞く」「恥をかかせようとしない」「暴露映画は作らない」ことを重視したそうだ。
ドキュメンタリー映画にはさまざまな形があり、その手法自体が面白さに直結している場合もある。だが『アメリカン・ファクトリー』の美徳はフェアで真摯なところだ。シリアスな題材だからこそ、その姿勢が絶対に必要だったと言えるだろう。
文:橋本宗洋
『アメリカン・ファクトリー』はNetflixで独占配信中
『アメリカン・ファクトリー』
オハイオ州で閉鎖されていた工場が中国企業により再開され、地域の期待が高まったのも束の間。米中文化の衝突により、再びアメリカンドリームが打ち砕かれる。
制作年: | 2019 |
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監督: |
Netflixで独占配信中