鬼才デヴィッド・リンチのエッセンスが凝縮された17分の短編
周りの映画友達が嬉々として感想を語るNetflixオリジナル作品『ジャックは一体何をした?』(原題『WHAT DID JACK DO?』)を、僕も配信開始からだいぶ遅れて観た。デヴィッド・リンチ監督の最新作だ。
https://www.youtube.com/watch?v=8eDZVFxiIP8
たった17分の短編で、ノワール調のモノクロ。“ジャック”と呼ばれるオマキザルと、リンチ自身が演じる“探偵”の会話劇。古くさい取調室のような小部屋に座らされているジャックは、どうやら殺人事件の容疑者で、探偵に尋問されている。
「ジャック、鳥について知っているか?(You Know Anything About Birds, Jack?)」から始まる奇妙な会話の内容ひとつひとつは、ほとんどが小さな詩のようだし、何かの比喩のようにも聴こえる。比喩に対する比喩が繰り返される会話は、具体というものが滑り落ちていくかのようで、その滑り落ち方が気持ち良い。そんなふうにぼんやりと画面を見つめている間に、ふと考える。お猿が例え話をするとき、それは比喩として成り立つのだろうか。
比喩は同じ尺度の相手としか成り立たないんじゃないか。例えば、僕は猿が木から落ちるところを実際に見たことがない。にも関わらず、「猿も木から落ちる」という言葉は比喩として僕の周囲で成り立っている。それは詩的だな、と思う。森に住む猿にとって、その言葉はただの事実でしかなく、詩ではない。それはニュースのようなものだ。
あらゆる“尺度”が狂った小部屋の中で繰り広げられるシュールな問答
猿と人間が会話をしている。ジャックが「ナイフでワニを殺してやった」と言う。ゾッとするが、探偵は大したこととして受け取らないし、ジャックも罪の告白をしているという感じではない。何か真実を誤魔化すための無駄話だ。
探偵が求めている真実とは、ジャックが恋人のトゥータタボン(メスの鶏)を巡って、マックスを殺害したということだ。マックスが人間なのか、もしくは猿か鳥かワニなのかはわからないが、この容疑をかけられてジャックは小部屋に拘留されている。
https://www.instagram.com/p/Bh9kw9mHI34/
まったく尺度が狂っている。何が大事で、どれが小さな話なのか、いったい何が大切にされているのか。そういった尺度が、この小部屋では狂っている。ちなみにジャックは「鶏との恋愛は初めてだった」と、恥ずかしそうに告白する。「誰がオランウータンを信じる?」とも言う。この世界の“ただしさ”が解らなくなってくる。
各々が求める空想の世界の“ただしさ”から生まれた言動は共有不能
ただしさ、なんてものは無いのかもしれない。ただしさを決めているのは共有された尺度で、言い換えればそれは、どうやって世界を見ているのか、というものだ。でも、どうしたって僕たちは、同じように世界を見ているとは思えないし、僕は自分の母親とだって全く違うものを見て生きていると感じる。
お互いが共有している尺度なんてものは幻想で、僕らも真面目な顔をしながら、お互いにとって詩的な会話を繰り返しているだけなのかもしれない。僕らの言葉も行動も、各々が求めている空想の世界のただしさから生まれていて、それは絶対に共有などできない。真実も嘘も、本物も偽物もない。どれを本物ということにしておきたいか、ということでしかない。
『ジャックは一体何をした?』は、ニュースが詩のようで、詩がニュースのような、いまの世の中のことを言っているような、ゾッとする短編作品だった。
https://www.instagram.com/p/9Jm6cWCwdt/
文:松㟢翔平
『ジャックは一体何をした?』はNetflixで独占配信中
『ジャックは一体何をした?』
殺害事件の容疑者は1匹のサル。担当刑事による取り調べがいま始まる。
制作年: | 2017 |
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監督: | |
脚本: | |
出演: |
Netflixで独占配信中