2019年、第72回カンヌ国際映画祭でワールドプレミアを迎えるやいなや、「今年一番のショック」と耳目を集めた『レ・ミゼラブル』(2019年)。かつてヴィクトル・ユゴーの小説の舞台にもなった、移民や貧しい人々が集まるパリ郊外の街の“いま”を舞台に、横暴な警察と地元住民の対立が緊張を呼ぶ中、少年が出来心でサーカスのライオンの子供を盗んだことがきっかけで勃発する暴動をリアルに描く。
カンヌ国際映画祭ではたちまち各国に配給が決まり、その後フランスで劇場公開されると200万人を超える動員を集め、マクロン大統領も鑑賞し、ついにフランス代表として第92回アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートされるに至った。
わたしがラジ・リ監督に会ったのは、そんなサクセス・ストーリーの真っ只中の2019年秋。チューリッヒ映画祭だ。自身でもその成功に驚きながら、しかし、今も映画の舞台となったモンフェルメイユの街に住み、社会的意識の高い彼の言葉に、深く感銘を受けた。独学で映画を始め、自らのやり方を確立したラジ・リ監督は、今後のフランス映画にとって重要な役割を担うはずだ。
「今のフランス映画に欠けているものは“多様性”だ」
―カンヌ国際映画祭での大評判から、ずっと目まぐるしい日々が続いているのではないですか?
ああ、世界中に売れていろいろな映画祭を回っているから、2~3日に1回はどこかの街を訪れている。ノンストップで働いているよ(笑)。
―本作はもともと、2017年にあなたが撮った同名の短編をベースにしたものですね。映画の冒頭に出てくる、2018年のサッカーW杯でフランスが優勝したときの街の映像は、あなた自身がこの映画に使うためにカメラに収めていたものなのでしょうか?
そう、あの特別な雰囲気をぜったいに逃したくなくて、試合中からずっと撮っていたんだ。すでに本作のシナリオは書いていて、ぜひ使いたいと思っていたから。
もともと短編から始めたのは、昨今、特にこういう映画は資金集めが難しいからなんだ。おかげさまで短編は150ぐらいの映画祭に出して、40ぐらいの賞をもらった。その成功のおかげで長編を作ることができた。それでも資金を集めるのは大変で、撮り始めた頃は苦労したよ。
―ただ最近では、こうした治安の悪い郊外(バンリュー)を舞台にした「バンリュー映画」も増えつつあると思います。いまのフランス映画にもっとも欠けている要素は何だと思いますか?
たしかに以前に比べたらバンリュー映画は増えているけれど、クリシェ(ありふれたもの)ばかりで同じような作品が多いし、年間300本くらい作られているフランス映画のなかで、割合はまだ少ない。
フランス映画に欠けているもの? それは“多様性”だね。いつも同じ名前、同じ俳優、同じようなドラマばかり。もっと他の者に場所を譲るべきだよ。昨今のフランスは100年前、50年前とは異なる。新しい世代が生まれていて、彼らはもっと表現する場を欲しているんだ。
「バンリュー映画で描かれる暴力的なシーンは、実際に多くの地域で起こっていることなんだ」
―本作で最も論争を呼んだのは、過激なバイオレンス描写です。クライマックスの暴動は、フィクションとしてあそこまで描く必要があったのか、という議論もありましたが、こうした意見に関してはどのように思われますか?
そういう意見が出るのはわかるけれど、シナリオはすべて僕自身が目にしてきた、実際に起きた事柄からインスパイアされているものだよ。あの暴動シーンも、現実にあったことに従っているんだ。だから撮り方も研究した。団地で起こる暴動は、実際に僕が住んでいるアパートの階上で、僕が毎日使っていた階段で起きた。警察との対決になってね。もちろん炎が上がることもあった。実際のシーンがまさに、映画みたいだったんだ。
この映画のポリシーは、自分の地域で実際に起こったことを描く、それを人々に伝えるというものだった。だから暴力を美化したり、暴力そのものを見せるためのものではないんだ。
―あなたは日頃から、自分にとって映画はリアリティを描くことが大事だと語っていますね。
というのも、世にあるバンリュー映画というのは、あまりに偏見に凝り固まっているから適切じゃない。たとえばバンリュー映画につきものなのは、ドラッグ、拳銃、ラップ・ミュージック。でもそれだけじゃない。僕は、これらの要素をできるだけ排除したかった。まずキャラクターの創造から始めて、なるべくリアルに描くように配慮したつもりだよ。
たしかにバンリューの現実を知らない人が観たらショックだろうし、こんなに暴力的なのかとびっくりするかもしれない。でも残念ながら、フランスにはこういう地域が20~30年前ぐらいからあって、そういう街に育った僕自身にとって、これはほとんどノーマルな状態なんだ。本当に残念だけど、日常的なことなんだよ。
「授業料も年齢制限もない、誰でも参加できる映画学校を仲間たちと立ち上げた」
―観客のリアクションとしては、どんなものを予想されていましたか? たとえば実際にバンリューに住む若者たちが、この映画の警官たちの横暴な姿や暴動に扇情されて、実際に過激な行動に出るようなことはないと思っていましたか?
少なくとも、観た人を挑発することが目的じゃない。僕がこの映画を作った理由は、多くの人にいまのバンリューの現状を伝えて、解決策を考えさせるようにしたかったから。ここ何年も、政治家は変わってもバンリューの現状はまったく変わっていない。もちろん、この映画を観たあとに、みんなが商店街を壊しまくったりしないことを望むよ。僕らはすでにそんな状態を過去に経験してきたからね。だからこそ、この状態から脱するために何かすることが必要なんだ。
―アーティストは政治家ではないので、必ずしも政治的活動をしないとダメというわけではありませんが、この映画を作った後は、やはり多くの人がバンリュー政策に関してあなたの意見を求めてくると思います。その準備はできていますか?
もちろん。もう20年前からできているよ(笑)。ずっとその機会を待っていたぐらいだ。もちろん他人の意見を聞く用意もできている。
もし今日、政治家が1億(ユーロ)用意してくれたら、何をやればいいのかはわかっている。すでに僕らは、自分たちでできることを始めている。エコール(学校)・クールトラジュメ(※フランス語で「短編」の単語の順列を逆にしたもの)という映画学校を地元に作った。これは援助もまったく受けないで、僕と仲間たちとで1年前に一緒に立ち上げた。授業料はないし、免状も必要なく、年齢制限もなく、やる気とアイディアさえあれば誰でも参加できる、みんなに開かれた学校だ。他の有名学校のように、コネやお金や一定のレベルの資格がないとだめ、という場所とは違う。僕自身も稼いだお金を回して運営しているよ。地元に貢献して、地元の教育制度を変えたいからね。もともとクールトラジュメという団体を一緒にやってきたロマン・ガブリス監督やキム・シャピロン監督、そして写真家のJRなどが参加しているよ。
「スパイク・リーは僕の映画を気に入って、推薦人になると言ってくれた」
―あなたは映画学校に行ったことがなく、独学で映画を学ばれてきましたが、影響を受けた監督はいますか?
スパイク・リーだね。彼の映画を観て育ってきたから、すごくインスパイアされているよ。他にもマイケル・マンとか、沢山いるけれど。僕は映画愛好家ではないから、少しずつ、実践しながらいろいろなことを学んできた。だから自分の映画は独特なんだと思う。
―スパイク・リーとはカンヌでお会いしたそうですね。彼は本作を評価して、アカデミー賞のキャンペーンでも応援すると語ったそうですが、彼からどんなことを言われましたか?
彼はこの映画を気に入って、推薦人になると言ってくれた。とても嬉しかったし、誇りに思うよ。彼とはじっくり話す機会があった。この映画は、自分の若い頃を彷彿させると言っていた。『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989年)を作った頃をね。ほとばしるエネルギーとか、あの映画と多くの共通点があると言われたんだ。
―そういえば、あなたはどことなくサンキ・リー(スパイク・リーの弟。脚本家/俳優。『 コーヒー&シガレッツ』[2003年]等に出演)に似ていると思います。
(嬉しそうに)ええ、本当? 君がそう思うなら、そういうことにしておくよ(笑)。
取材・文:佐藤久理子
『レ・ミゼラブル』は2020年2月28日(金)より新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
『レ・ミゼラブル』
パリ郊外に位置するモンフェルメイユ。ヴィクトル・ユゴーの小説「レ・ミゼラブル」の舞台でもあるこの街は、いまや移民や低所得者が多く住む危険な犯罪地域と化していた。犯罪防止班に新しく加わることになった警官のステファンは、仲間と共にパトロールをするうちに、複数のグループ同士が緊張関係にあることを察知する。そんなある日、イッサという名の少年が引き起こした些細な出来事が大きな騒動へと発展。事件解決へと奮闘するステファンたちだが、事態は取り返しのつかない方向へと進み始めることに……。
制作年: | 2019 |
---|---|
監督: | |
出演: |
2020年2月28日(金)より新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー