「演技は注目を浴びられるし、授業を抜けるための良い方法だと気づいた」
巨匠マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシら名優が集結し、第92回アカデミー賞では作品賞をはじめ10部門にノミネートされた『アイリッシュマン』。1975年に起きた労働組合指導者ジミー・ホッファ(アル・パチーノ)失踪事件を、暗殺者フランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)の視点で描く。
―ジミー・ホッファといえば、アメリカでは知らない人がいないほどの人物で、これまでにさまざまな役者が演じていますが、今回はどのようにアプローチされましたか?
実在の人物を演じるときは、もちろんリサーチをする。ジミー・ホッファに関しては映像がたくさんあって、役に立ったね。資料もかなり読み込んだよ。ただ、こうした資料はすべて補正が加えられている。だから、どんなことを学ぶにせよ、脚本に結びつけることが大切になるんだ。個人的に驚いたのは、当時の彼が、おそらくアメリカ大統領の次に人気があったということだね。本物の情熱を持って、労働者を助けようとしていたことが、みんなに伝わっていた。さらに、彼は刑務所で5年過ごした経験から、受刑者の処遇改善を求めて闘ってもいた。自分の信念のためには、どんな抵抗にあっても闘いつづける男で、そうした彼の本質を、この役を通じて伝えたいと思っていたよ。
ジミー・ホッファは同時に、タチの悪い連中ともつるんでいた。私が子供のころ、彼は常に新聞に出ていた。良い面でも悪い面でもね。矛盾に満ちた、とても魅力的な人物だと思う。
―名優として華麗なキャリアを誇るあなたですが、演技の魅力に気づいた瞬間を覚えていますか?
それは子供のときだ。ただ、演技に惹かれたというのとはちょっと違うかな。演技はみんなの注目を浴びて、同時に授業を抜けるための良い方法だと気づいた。当時の私は授業が大嫌いだったから、学校劇をやれば抜け出すことができたんだ。そのうち、役者としてやっていくのはアリなんじゃないかと考えるようになった。みんなの前に立って注目を浴びたり、舞台から観客を眺めるのが好きだったから。
「マーロン・ブランドって……誰?(笑)」
―具体的に演技の道へ進もうとしたのは、いつ頃ですか?
学校劇をやっていたときのことだから、12歳か13歳の頃だ。ある男が近づいてきて、「君こそが次のマーロン・ブランドだ」と言ってくれたんだが、私としては「マーロン・ブランドって誰?」というね(笑)。
―ご存知なかったんですね(笑)。
ああ。その出会いがきっかけで、奨学金をもらって演劇学校に行くことになった。だが、あいにく授業についていくことができなかった。さらに母が病気になって、働く必要が出てきたので学校を辞めることになった。16歳のことで、当時はニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジで一人暮らしをしてはじめていた。そんなときに、HBスタジオ(演劇学校:1945年設立)でチャーリー・ロートンに出会い、彼こそが私の恩師となった。まったく新しい世界に私を導いてくれたんだ。文学の世界への扉を開いてくれたのも彼で、それから本を読み漁るようになった。
当時はいろんな仕事をして、母に仕送りをしていた。自転車便のアルバイトをして、マンハッタンのあらゆる道路を頭に叩きこんだ。1日11時間やっていたから、体格も相当セクシーだったよ(笑)。
―(笑)。
自転車便の発送人にフランク・ビアンカマーノという男がいたんだが、彼はアクターズ・ギャラリーという劇団もやっていて、数年後に彼の劇団のオーディションを受けることになった。当時はすでに母が他界して、アパートも失っていて住む場所がなかったから、劇団の舞台で寝ていたよ。あれは楽しかったね。常にビールなんかが見つかったし、チャーリーや他の役者、アーティストたちとつるんでいた。人生の展望はまったく見えなかったけれど、自分が正しい方向に進んでいる感覚があった。
そして、ヨハン・アウグスト・ストリンドベリの「Creditors」という戯曲と出会った。このとき、自分のなかで何かが起きた。自分の人生を救ってくれることになると分かったんだ。実際、その通りになったよ。今後、どんなことが起きようとも、これこそが自分がやりたいことだと悟ったんだ。人生を賭けたいと思えるものに出会えて、とても幸運だったね。
取材・文:小西未来
『アイリッシュマン』はNetflixで独占配信中
『アイリッシュマン』
20世紀の名立たる悪人たちと関係していた元軍人の暗殺者フランク・シーラン。彼の視点から描かれるのは、今なお未解決とされる労働組合指導者ジミー・ホッファの失踪事件。巨大な組織犯罪と、その背後でうごめく権力争いや政権との繋がり…。第二次世界大戦後のアメリカの闇の歴史を、数十年にわたって紐解いていく。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
Netflixで独占配信中