偶然が導いてくれた幸運なスティーヴン・キング初体験
サブカルの博士のような友人と話していて、どういう話の経緯だったか覚えていないが、「IT」がスティーヴン・キングの最高傑作だと教えられた。一度キングの作品を読んでみたいと思っていた私は、ネットで「IT」の古本をポチった。送られて来た文庫本は500ページ近くあって少しビビッたが、読み進めると一気に引き込まれた。だが、最後のページにたどり着いて驚いた。
~第二巻に続く~
マジか。そして、ショッピングサイトをよくよく見てみると、「IT」は全4巻だということがわかった。再びマジっすか。一瞬逡巡したが、意を決して全て購入した。当然、3冊とも500ページ近くあり、第2巻においては550ページ以上あった。私は、これほど長い小説を読んだことがなかった。もし、最初から4巻あると知っていたら購入しなかったかもしれない。無知が良い結果を招くこともある。現代の文豪の代表作を消化し、楽しい読書体験をたっぷりとすることができた。
原作で描かれた「チュードの儀式」の内容にびっくり仰天!
「IT」は、6人の少年と紅一点の少女が、デリーというアメリカの街に時代を超えて潜み続ける魔物ペニーワイズと戦う物語だ。私は、少女ベバリーのキャラクターに惹きつけられ、もっと言うと彼女に密かに恋をして、小説に引き込まれていった。蛇足だが「ミレニアム」シリーズ(原作スティーグ・ラーソン)のリズベット・サランデルにも同じように惹きつけられ、物語の世界に引きずり込まれた。どちらも社会から阻害されながら、めげることなく他人に頼らず生きていく、非力な腕力の女の子だ。
「IT」を読み終わって半年ほどしたら、この作品が映画化(リメイク)されるニュースが流れた。タイミングの良さに驚いた。私は公開を心待ちにした。映画化された『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』(2017年。以下『IT』)を観る、私のモチベーションはただ一つだった。「チュードの儀式」は映像化されるのだろうか?
小説「 IT」の最終第4巻では、 350ページあまりを割き、「第五部チュードの儀式」が描かれる。子供達とペニー・ワイズの最終決戦の場面だ。ペニー・ワイズを倒す唯一の方法として「チュードの儀式」というものが冒頭からほのめかされる。
ペニー・ワイズは通常ピエロの姿をしているが、実態は悪の霊体なので、戦闘は形而上で行われる。しかしそれは現実とほぼ変わらないリアルな夢の戦いだ。主人公のビルは、自分とペニー・ワイズは精神的に相手の舌に食らいつき合ってお互いの急所を「chewed(噛む)」し合っている、と気づく。つまり、精神の戦いなのだから、2人は対等で、恐怖心を抱いた方が負けるのだと知る。しかし、おぞましい舌の感触ははっきりとある。それに怯まずビルはチュードし続け、ペニー・ワイズを倒す。したがって、このシーンを「チュードの儀式」と捉える解釈もあろう。しかしこの「根性比べ」より、ずっと「儀式」らしいシーンが、この戦闘のすぐ後に登場する。
スティーヴン・キングは作中「チュードの儀式」の存在をもったいぶって、ずっとほのめかし続ける。キングが読者の期待を煽り、驚かそうとした本当の「チュードの儀式」とは、多分戦闘の後に描かれた驚くべきそのシーンだと思う。むしろ、舌をチュードし合う場面でカモフラージュして、後の過激なシーンを描いたように感じる。
「チュードの儀式」とは、ベバリーと他の男子6人が順番にセックスをし、心を一つにする儀式だ。皆ローティーンだ。私はこれを読んだ時ぶったまげた。
青い瞳のベバリーに釘付け! 映画版の素晴らしさを再確認
『IT』が公開された時、このシーンは当然登場しないだろうとは思っていたが、どんな風に描かれるのか、そればかり気になってしまった。いつの間にか、まるで作品の気概を計る踏み絵のように捉えていた。
さらに、ベバリー像は私の中で出来上がり、神格化されていた。したがって私は、本作を非常に偏見を持って鑑賞してしまったのだ。チュードの儀式は登場せず、ベバリーは“私のベバリー”とは少し違っていた。結果、私は「まあまあだったな」と上から目線で、この映画を評価してしまった。
今回、本作を見返してみて、あまりの傑作ぶりに驚いてしまった。前回はIMAXシアターで、今回はiPadで鑑賞したというのに。知ったかぶりがいかに人の目を曇らすのかを痛感し、非常に反省している次第である!
『IT』の素晴らしい点は、まず映像の美しさだ。室内の陰影の濃い画もさることながら、光溢れる昼間の街並の風景も美しい。重厚な絵画的な美しさで、私はロマン・ポランスキーを連想した。ホラーには、この重厚な美しさがよく似合う。アルゼンチン人監督、アンディ・ムスキエティが自ら描いた、ペニーワイズの直筆イメージデッサンは驚くほどの完成度で、監督の絵画的才能が端的に見て取れる。
ベバリー役のソフィア・リリスも非常に魅力的だった(何をいまさら!)。“私のベバリー”は、時間と共に私の心の中から消えていて、やっと素直に彼女を見ることができた。トパーズのような薄い青色の瞳が神秘的だ。その青の美しさに目が釘付けになる。大人びた態度も様になり、男子たちを虜にする説得力充分だ。
北欧のイケメン小ネタ巨人ことビル・スカルスガルドに拍手
青い目の魅力といえば、ペニーワイズ役のスウェーデン人俳優ビル・スカルスガルドだ。この作品の魅力の最大の根源は、彼の素晴らしい演技にある。作品冒頭、ペニーワイズの初登場シーン。下水溝の中から、豪雨の道路で遊ぶ主人公ビルの弟に声をかける。その時の、ペニーワイズのサファイアの様な濃い青色の瞳が、非常に魅惑的だ。いたずら心が目の表情に溢れていて、ペニーワイズが悪魔の心をした子供であることが、目の演技だけで全て伝わってくる。そして、涎を垂らしながら嬉々として話す。この“涎を垂らす演技”が全編に渡って効果的に使われる。
子供を襲う瞬間、無邪気に輝いていた目は、突然、邪悪で凶暴な野獣の光に変わる。本作において、涎の演技と共に、瞳を斜視にする演技も非常に重要である。スカルスガルドは、なんと瞳を片方ずつ自由に動かせるそうで、それを知った監督のアンディ・ムスキエティは「非常に興奮した」と語っている。さらにスカルスガルドは、唇の形も様々に作れる。下唇がだらしなく垂れ下がり、口角が上がったペニーワイズ独特の表情も、彼の器用さがあってこそなのだ。身長が192センチあるという彼は、北欧の小ネタ巨人である。身体能力も高く、ほとんどスタント無しで撮影されたそうだ。その迫力は鬼気迫るものがある。
撮影中は、ビル・スカルスガルドだけ別部屋で集中力を高めたそうだ。初遭遇のシーンまで決して子供たちとは会わせなかったという。メイキング映像で、初めてペニーワイズと顔を合わせる撮影日の、子供たちの期待と恐怖が入り交じった興奮ぶりが、とても微笑ましい。本物の怪物を待つかのようだ。
衣装や小道具、音楽など『ストレンジャー・シングス』とのリンク多し!
『IT』はNetflixのオリジナル・ドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』の第1シーズン(2016年)の約1年後に初公開されており、両作品は、意識して内容をリンクさせていると思われる。『ストレンジャー・シングス』の主人公マイク・ウィーラーを演じているフィン・ウォルフハードは、両作品に出演している。どちらも子供たちが別次元に棲む魔物と戦う話である。
また、どちらも80年代色を強く押し出している。それはTシャツなどのディテールに凝ることで表現されている。そして、どちらもなぜかイギリスの80年代ニューウェーブが挿入歌として使われる。『IT』ではザ・キュアーと、何と英国きってのカルトバンドであるXTCの曲が流れる。映画の挿入歌でXTCを聴いた記憶がない。ニューウェーブ、ポストパンクと言われるバンド群の中では、個人的にXTCが最も好きなので、なんだかすごく興奮した。
文:椎名基樹
『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年2月放送
『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』
静かな田舎町で、子供たちの失踪事件が相次いで発生。内気な少年ビルの弟も、ある大雨の日に外出し、通りにおびただしい血痕を残して姿を消した。自分を責め、悲しみにくれるビルの前に“それ”は突如、現れた。ビルは“それ”を目撃して以来、得体の知れない恐怖に取り憑かれる。
制作年: | 2017 |
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監督: | |
出演: |
CS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年2月放送