テリー・ギリアムが帰ってきた。1970年代に「モンティ・パイソン」シリーズで一斉を風靡した後、『未来世紀ブラジル』(1985年)『フィッシャー・キング』(1991年)『12モンキーズ』(1995年)『ラスベガスをやっつけろ』(1998年)など、数々の傑作、怪作を生み出してきた鬼才。その5年ぶりの新作『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』(2018年)は、構想から完成までなんと30年。
当初はジョニー・デップとジャン・ロシュフォールの配役で、2000年に撮影が始まるも、洪水による撮影中止、ロシュフォールの怪我による降板など、度重なる障害で延期が続いた後、ついにアダム・ドライヴァーとジョナサン・プライスを据えた新キャストで2018年に完成し、第71回カンヌ映画祭でワールド・プレミアを迎えた。
17世紀に書かれたミゲル・デ・セルバンテスの古典も、ギリアムの手にかかると、現代を舞台にした破天荒な空想劇に生まれ変わる。主人公のトビーは元映画青年で、いまはご都合主義のCM監督。そんな彼が仕事で訪れたスペインで、かつて自分の学生映画でドン・キホーテを演じた老人に再会する。いまや老人は自分を本物の騎士と思い込み、周囲から変人扱いされているが、そんな彼の存在がトビーの気持ちに変化をもたらしていく。
ギリアム自身の投影も見られるこの物語に、彼が込めた思いの丈を、記念すべきカンヌの地で語ってもらった。
「なぜ自分がこの題材にこだわり続けたのか? まるで魔法にかかったみたいだ」
―いまの率直なご気分はいかがですか?
30年近くずっと苦労してきたけれど、ついにこの映画が完成し、しかもカンヌで披露することができたなんて、自分でも信じられない。最高にハッピーだよ。
―そこまでこの古典に魅せられた理由は何でしょうか?
セルバンテスの小説は、とても滑稽で面白いし、多くのメタファーがある。僕にとってドン・キホーテとサンチョ・パンサは、文学の世界におけるもっとも魅力的なヒーローだ。彼らは人々の夢と人生のリアリティを象徴する存在。こんな素晴らしい題材を映画にしない手はないだろう。
でも本当のところ、なぜここまで自分がこの題材にこだわり続けたのかは、よくわからない。まるで魔法にかかったみたいだ。僕はウディ・アレンじゃないから、精神科に行って分析してもらったりしないけれど(笑)。自分がなぜそれをするかなんて知りたくないし、知る必要もないと思う。でも正直言って、本当にこの作品を完成させられると信じていたわけじゃない。でも、だからこそ純粋に自分のために、そしてどんな瞬間も楽しもうと思いながらやっていた。
―長い年月のなかでキャストも変更になりましたが、ストーリーは変わったのでしょうか。
脚本はキャスティングが変わるたびに書き直され、最終的にずいぶん変わったよ。ジョニー(・デップ)とジャン・ロシュフォールが演じていたときは、17世紀の物語だった。でもそれが最終的に、現代を舞台にした映画監督の話になった。彼は若い頃は純粋で情熱的で、野心があった。でも成功するとともに変わってしまった。そんなとき、自分をドン・キホーテだと信じる老人と再会し、また若い頃の気持ちを取り戻していくんだ。脚本がどんどん変わっていったことは、この映画に生き生きとしたライブ感をもたらしてくれたと思う。
「アダム・ドライヴァーの緊張をジョナサン・プライスがほぐしてくれた」
―ジョニー・デップからアダム・ドライヴァーへの変更は意外な印象もありますが、アダムに惹かれた理由は?
アダムがどうしてこの役にぴったりだと思ったのか、正直わからない(笑)。直感だね。彼を推薦したのは娘のエイミーなんだ。もちろん彼はジョニーとは全く異なるタイプの俳優だし、僕がはじめにイメージしていたトビー像とも異なった。でも、彼によって僕の古いアイディアが覆されてハッピーだよ。
アダムははじめ、すごく緊張していた。というのも、彼はこの映画を牽引する役目だから、そういう重責を感じていたんだ。でもジョナサン(・プライス)のおかげですごくリラックスするようになった。ジョナサンはとても面白い人だし、周りの人を楽しくさせるような才能があるんだ。
アダムは俳優としても人間としても素晴らしい。そして僕にとって、若い頃のトビーがアンジェリカ(ジョアナ・ヒベイロ)と過ごす純粋で愛らしいシーンを観るのは、とても幸福な気持ちにさせられたよ。
この映画を撮っているとき、果たしてこれが面白い映画になるのか否かわからなかったけれど、確かだったのは、素晴らしいキャストに囲まれていたということ。そして、どんな大変な撮影になっても、彼らが僕を支えてくれるだろうということ。実際その通りだった。だから彼らには感謝の気持ちでいっぱいだ。
―トビーにはあなた自身が投影されていますか?
トビーに限らず、すべてのキャラクターに僕自身が投影されているよ。ペテン師だけは別だけど(笑)。
―ただストーリーの設定には、業界に対するシビアな皮肉を感じさせられます。
フィルムメイキングはタフなビジネスだ。情熱と信念と粘り強さが必要とされる。お金を稼ぐためなら、トビーみたいにコマーシャルをやった方が手っ取り早い。僕も2002年W杯の際にナイキのコマーシャルをやったことがあるが、10日間の仕事で、この映画の1年分以上のギャラをもらった。だから、多くの才能ある監督たちがコマーシャルをやりたがるのもわかるし、それを批判するつもりはないよ。コマーシャルは夢を売る仕事だ。でも、あいにく僕自身は夢を売るよりも、自分が夢を見ている方が好きなんだ(笑)。
取材・文:佐藤久理子
『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』は2020年1月24日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』
仕事への情熱を失くしたCM監督のトビーは、スペインの田舎で撮影中のある日、謎めいた男からDVDを渡される。偶然か運命か、それはトビーが学生時代に監督し、賞に輝いた映画『ドン・キホーテを殺した男』だった。
舞台となった村が程近いと知ったトビーはバイクを飛ばすが、映画のせいで人々は変わり果てていた。ドン・キホーテを演じた靴職人の老人は、自分は本物の騎士だと信じ込み、清楚な少女だったアンジェリカは女優になると村を飛び出したのだ。
トビーのことを忠実な従者のドン・キホーテだと思い込んだ老人は、無理やりトビーを引き連れて、大冒険の旅へと出発するのだが──。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
出演: |
2020年1月24日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー