【ポスターは映画のパスポート】第2回
ブロンクスからきた2人の男
スティーヴン・キング[SK]の原作をスタンリー・キューブリック[SK]が映画化した『シャイニング』(1980年)は、まさに[凄く=S][怖い=K]ホラー映画の名作だ。そして、キューブリックの仕事はとにかく[すさまじく=S][細かい=K]ことでも有名。ワンカット撮るために100回以上撮り直すことも辞さず、外国での字幕にもこだわり、日本の某有名翻訳家の字幕にNGを出したり、インドネシア語字幕までチェックしていたという。
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『2001年宇宙の旅』(1968年)の特撮、『バリー・リンドン』(1975年)での自然光のみの撮影など、[素晴らしく=S][高度=K]な映像技術にこだわった作品作りだけにとどまらず、当然[宣伝=S]にも[こだわり=K]、映画ポスターのデザインにも監督自らデザイナーに発注し、細かな指示を出し続けた。
タイトル&ポスター・デザインの巨匠ソウル・バス
『シャイニング』でスタンリー・キューブリックは公開の2年以上前にデザイナーのソウル・バスにデザインを発注していたことが、ふたりのやり取りした手紙が公開されたことで判明している(撮影自体が公開の2年前だったので同時進行で進めていたようだ)。
ソウル・バスといえば、映画のタイトルデザインで超有名だ。デザイナーといっても、グラフィックデザインだけでなく、タイトル用に映像まで撮ってしまうバスはまさしく「ビジュアル・アーティスト」で、代表作にはアルフレッド・ヒッチコックの『めまい』(1958年)『北北西に進路を取れ』(1959年)『サイコ』(1960年)、オットー・プレミンジャーの『黄金の腕』(1955年)『悲しみよこんにちは』(1957年)『栄光への脱出』(1960年)などに加え、キューブリックが途中から監督を務めた『スパルタカス』(1960年)も担当していた。ほかにも『ウエスト・サイド物語』(1961年)、『荒野を歩け』(1961年)、『グラン・プリ』(1966年)などなど、どれもこれもメインタイトルを見るだけで入場料分の価値はある独創的で楽しく、素晴らしくかっこいいワクワクさせるタイトルばかりだ。
もちろんバスは、映画ポスターも手がけている。一目で「バスだ!」とわかる、その特徴的なデザインは、ほとんどモダンアート作品級で、デザインの教科書の定番であり、ヴィンテージ・ポスターはどれも高値で取引されるコレクターズ・アイテムになっている。
[ソウル・バスがデザインしたポスター]
候補300の中から選ばれた1枚
1978年、スタンリー・キューブリックは撮影中の新作『シャイニング』のポスター用キービジュアルをソウル・バスに発注した。バスはさっそく「四角い迷路」「目の形の迷路」「雪の下から出てくる巨大な手と小さな三輪車」などのデザインスケッチと、それぞれに合わせたタイトル文字のデザインを5種類描き上げて提出する。が、キューブリックは各スケッチにこと細かくメモ書きを記して返却……つまり全部ボツにした。キューブリックとバスは、ともにニューヨーク生まれ、ブロンクス育ちのユダヤ系アメリカ人で、バスのほうが8歳年上だった。
その後、バスはキューブリックの要望に応えるため、なんと300にも及ぶデザインを描き続け、ついにキューブリックが納得する1枚が選ばれた。しかし、それでもキューブリックは、バスが選んだ赤地バックを、黄色に変更するよう求めた。つまり[SK]=[シャイニング=S]は[黄色=K]ということだ。
デザイン的な特色としては、タイトルの「SHINING」ではなく「THE」の文字の中に、点描による恐怖におびえているような顔(おそらく少年ダニー)が浮かび上がっている点だろうか。たぶん、バスは「SHINING」の中に顔があるものも描いたに違いないと想像できるし、キューブリックが「それではタイトルが目立たない!」と一蹴しただろうことも予想できる。そして、宣伝コピー(惹句)「A MASTERPIECE OF MODERN HORROR (モダン・ホラーの傑作)」が加えられ、ようやくアメリカ公開用のポスターが完成したのだ(ワーナー・ブラザースの宣伝部の人たちの気苦労がうかがい知れるところ)。もちろん、文字配置のバランスなどはソウル・バスが精緻に計算したものと思われる。
ところが、ワーナー・ブラザースは、アメリカ国外での公開には、これでは不十分と判断し、ジャック・ニコルソンが斧でドアを突き破ろうとする名場面のビジュアルを見せる写真版を制作し、日本を含め各国は同じビジュアル、同じコピー(惹句)で統一された(イギリスでは「X」指定、成人向け映画としての公開だった)。
また、日本版の翻訳コピーには苦労の跡がうかがわれる。イギリス版にも、同じデザインのフランス版(La vague de terreur qui balaya l’amerique EST LA)にもある文末の太字部分「~がこれだ!」が日本語にはない。おそらく、文が長くなるとインパクトに欠けると主張して、ワーナー・ブラザース本社(あるいはキューブリック本人)の許可を得たのではないだろうか。見慣れない日本語「おし流した」が摩訶不思議なインパクトをもつ名(珍?)コピーになったといえなくもない。
ちなみに、日本独特の宣伝ツールであるチラシは同じビジュアルながら「キューブリックの映像がとらえた 20世紀最大のモダン・ホラー最高傑作!」と日本独自のコピーが添えられている。おそらく、ポスターもそれで行きたかったのだが、キューブリックの許可が出なかったために、せめてチラシだけでも……となったのではないかと想像できる。
“ジャックの息子”とドクターの行方
そして、39年後に作られたのが、『シャイニング』のダニー少年の40年後を描いた『ドクター・スリープ』だ。
公開に先立って、前作との関連を示す数種類のポスターが制作されたが、赤地に三輪車に乗った少年が映っているものは直接的に前作との関連を示していて、ファンには嬉しいデザイン。そして、いよいよ登場したメイン・ポスターは、まるで前作のために作られた2種類のポスターを合体させたようなアイディアで、なかなかよくできている。
個人的には、コンピューター・フォントで処理された『ドクター・スリープ』に比べて、ソウル・バスの手によるロゴ・デザインの素晴らしさ(写真版でもアレンジして使われている)が、より目立つ結果になったような気がするが、いかがだろうか。
ところで『ドクター・スリープ』はもちろん、大人になったダニー少年の物語だが、『シャイニング』でダニーの父“ジャック”を演じたのはジャック・ニコルソンだった。『イージー★ライダー』(1969年)で注目され、アカデミー賞にノミネートされてからほぼ10年後のこと(すでに1975年の『カッコーの巣の上で』でアカデミー賞を受賞していた)。
『白昼の幻想』(1967年)の脚本を担当するなど、もともと俳優兼脚本家だったニコルソンは、ペンが進まずイライラする売れない作家ジャックのセリフを自分で書いたりするほど気合十分だったが、キューブリックはオスカー俳優にも容赦なく、ポスターにもなった場面の撮影には2週間かけて190回も繰り返し演じさせたという。『イージー★ライダー』で本物のマリファナを吸いながら演じたのとは、天国と地獄ほどの違いだったろう。おかげで斧をふるうニコルソンの狂気顔は、世界映画史&映画ポスター史に残ることとなった。
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余談だが、そのおかげで「シャイニング」とは「ジャック・ニコルソンみたいに狂人になって斧で人を襲うこと」と思い込んでいる人が世界中に大勢いるようだ。「シャイニング」とは、ダニー少年(と料理長のおじさん)が持つ特殊な能力のことですから。念のため。
“ジャック”と“ドクター”の輪廻転生
『シャイニング』は、キューブリックがスティーヴン・キングの原作を改変したとして、キング本人や小説のファンには評判が悪いのだが、大きな変更点は主人公ジャックが平凡な男から「狂人」になってしまっている点と、原作の派手な爆発から地味だがジワジワ来るラストへの変更だろう。
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キング原作では、主人公ジャックはどうみても作者キング自身がモデルだ。売れない作家志望の男がホテルの亡霊に悩まされ凶行に走るが、最後は息子を守ろうと……。一方、映画のジャックは最初からどこか狂気を秘めた男で、どうみても観客が好きになれる男ではなく、映画は息子ダニーのほうに寄り添っているように思える。そして、映画はジャックの輪廻転生が示される古い写真を見せて終わる。
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ちなみに、キングは当初ジョン・レノンの「インスタント・カーマ」の歌詞から採って「シャイン」という題名にする予定だったという。このレノンの曲をプロデュースしたのは、『イージー★ライダー』にドラッグの売人役で登場していたフィル・スペクターだ。
撮影開始前から、原作者キングが映画用の脚色を気に入っていないことを承知していたキューブリックは、批判を回避し原作との違いを打ち出すために主人公の名前を変えてしまうことだって可能だったはずだ。が、キューブリックは最後まで原作のままで通した。それには、ある理由があった。
キューブリックの父もまた“ジャック”だったのだ。
スタンリーの父ジャック・キューブリックは、東欧出身の医師(ドクター)で、あまり勉強に身が入らない息子スタンリーにカメラを買い与えた。それは大型のグラフレックスというカメラだったが、当時は報道用カメラとして重宝されていた(ライカやニコンが登場するずっと前の話)。それが、のちにスタンリーが雑誌カメラマンとなり、自主映画を作ってハリウッドに注目され、世界的映画監督となるきっかけとなったのだ。
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“ジャックの息子”キューブリックが、「シャイニング」を持つ男の子である“ジャックの息子”を描いたのが映画『シャイニング』だった。そのとき、父親を演じていたのが“ジャック”・ニコルソンだったのも必然だったのだろう。
そして、映画(&小説)の“ジャックの息子”ダニーは『ドクター・スリープ』となった。まるで、映画版『シャイニング』のエンディングを思わせる輪廻転生の物語が、そこにも続いているようではないか。ブロンクスの“ドクター・ジャックの息子”は、まさに「シャイニング」を持つ映画監督になったのである。
文:セルジオ石熊
『シャイニング』『ドクター・スリープ』はAmazon Prime Videoで配信中
『ドクター・スリープ』
40年前の惨劇を生き延びたダニーは、心に傷を抱えた孤独な大人になっていた。父親に殺されかけたトラウマ、終わらない幼い日の悪夢。そんな彼のまわりで起こる児童連続失踪事件。
ある日、ダニーのもとに謎の少女アブラからメッセージが送られてくる。彼女は「特別な力(シャイニング)」を持っており、事件の現場を“目撃”していたのだ。
事件の謎を追うダニーとアブラ。やがて2人は、ダニーにとって運命の場所、あの“呪われたホテル”にたどりつく。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |