映画人の訃報が相次いだ2018年
2018年も残り少なくなって、ニコラス・ローグとベルナルド・ベルトルッチの訃報が届いた。今年は亡くなる映画人がひときわ多く感じられる年で、ひとつの時代の終わりを感じさせられた。
9月6日に82歳で亡くなったバート・レイノルズは、70年代から80年代にかけて大活躍したアクション・スターで、シルヴェスター・スタローンが登場するまで、タフガイ系アクション映画路線を支えた人だった。72年に<コスモポリタン>誌で(ほとんど)オール・ヌードを披露して話題になり、セックス・シンボルとも言われた。ポール・トーマス・アンダーソンの『ブギーナイツ』(1997)で演じたポルノ映画監督は、そんな彼のイメージを踏襲したキャラクターである。
1936年2月11日ミシガン州ランシング生まれ。彼の精悍な顔立ちはチェロキー族とのハーフだった父親から受け継いだもの。父親は第二次大戦に出征し、戦後、陸軍を除隊してフロリダ州リヴィエラ・ビーチの警察署長となった。運動神経抜群だったバートはフロリダ州立大アメリカンフットボール・チームで活躍し、将来を嘱望されたが、膝を痛めてプロ選手を諦め、ニューヨークに出て演技を学び、アルバイトをしながらテレビ出演を始めた苦労人で、<ガンスモーク>(1962~)、<川船>(1959~)といったシリーズで次第に頭角を現し、66年の<夜間捜査官ホーク>(1966)ではタイトル・ロールの先住民の血をひくニューヨークの探偵役を演じるまでになった。
『サミュエル・フラーのシャーク!』(1969)は、テレビで人気が出てきたレイノルズが、軸足を映画に移し始めた頃の作品で、監督は名匠サミュエル・フラー。この映画はフラーにとってもキャリアの転換期にあたり、この後、80年の『最前線物語』まで長い雌伏期間に入る。自伝<映画は戦場だ!>では、製作段階で問題が起こり、さんざんな目にあって思い出したくもないと、けんもほろろに語っているが、今、改めて見ると、大スターになる直前の若きレイノルズの溌剌とした魅力もあるし、ひねったストーリー展開が、いかにもフラーらしい。
元はサメ映画ではなかった
そもそもフラーが考えた映画のタイトルは“ケイン”といい、バート・レイノルズ演じる主人公の名前である。ケインはスーダンの内戦に乗じて武器を密輸して儲けている悪党で、輸送中の荷を奪われ、紅海に面した港町に流れ着く。そんな彼にアンナ(シルヴィア・ピナル)が近づき、紅海に沈んだ難破船を引き上げさせようとする。しかし、難破船の周辺にははサメがうようよいて、近寄ることも出来ない。しかも、その話には裏があった…、というストーリーで、アンチ・ハッピーエンディングがいかにもフラーらしい。他に、酔いどれ医者にアーサー・ケネディ、アンナと共に難破船を引き上げようとしているマラーラ教授にバリー・サリヴァンという名優が脇を固めている。
『ケイン』を『シャーク!』に変えて、サメ映画として売ろうとしたのはプロデューサーで、プロ意識が薄く、水中撮影で安全策を怠ってスタントマンを殺した彼らのことをフラーは許していない。皮肉なことに、ダイバーがサメに襲われる冒頭の場面だけが、この映画の売りのようになってしまったが。
英語のシャークには、サメ以外に“他人を食いものにする者”という意味があり、高利貸しのことをローン・シャークと言ったりする。その意味で『シャーク!』は、スティーヴン・スピルバーグの『ジョーズ』よりも、ジョン・ヒューストンの『黄金』(1948)や、ロバート・アルドリッチの『ヴェラクルス』(1954)に近い“宝探し”映画であって、難破船に隠された“宝”をめぐって、登場人物たちが欲望のままに他人を出し抜こうとする映画なのである。
見どころは、どんな悪党でも彼が演じると憎めないキャラになってしまうバート・レイノルズの魅力と、ルイス・ブニュエルの『ビリディアナ』(1960)や『皆殺しの天使』(1962)で知られるメキシコの大女優(現在87歳で、まだ現役で活躍中)シルヴィア・ピナルだ。異国のすさんだ土地で、男を手玉にとる女を貫禄で演じている。ピナルが出ていることでも分かるように、この映画、設定はスーダンだが、撮影は全部メキシコで行われた。紅い帽子を被ったスーダン人は全員メキシコ人なのだ。こういう作り物っぽいところが映画の面白さでもある。
バート・レイノルズにはアクション映画の傑作が沢山ある。私が好きなのは何と言ってもアルドリッチの『ロンゲスト・ヤード』(1974)だが、他にも『キャノンボール』(1980)や『トランザム7000』(1977)など、どれも肩の凝らないエンターテインメント映画で、リラックスして楽しめる。
晩年は離婚や破産で、成功者にありがちな苦労をしたようだ。スタローンとはまた違う、男っぽいフェロモンを発散させた大スターだった。合掌。
文:齋藤敦子